充実した夏休みにしたくて参加した1か月
大学3年生の夏休みは、様々なインターンシップに参加するなど、就職活動に向けて活動する大事な準備期間でした。それを1か月放置して私は高瀬での生活を選びました。将来が不透明だったこともあり、高瀬での活動を通して何か自分の中で発見できたらいいと思って参加することにしました。
初めての集落での暮らし
生まれてからずっと東京で育ってきた私にとって、見える景色すべてが新鮮でした。広い空と一面に広がる広大な畑が、視界いっぱいに広がっていました。
東京とは違う、ゆったり流れる時間と景色に安心感を抱いたのを覚えています。
このあたたかな景色と同じように高瀬の人もとてもあたたかな人で溢れていました。猛暑日で暑い日には自身の帽子を下さったり、花火大会で浴衣を貸して下さったり、昼ご飯や夕ご飯に誘って下さり一緒に食卓を囲んで楽しい時間を過ごしていました。 交通手段がなかったりコンビニ、スーパーが近くになかったり最初は不便だと思っていた高瀬での暮らしも、日を追うごとに慣れていきました。
高瀬での生活
高瀬温泉はえちごせきかわ温泉郷の1つで、昔はとても栄えていた集落でした。しかし、今はバブル崩壊に伴って衰退していき、現在は高齢化の進む集落になっています。 そんな中でもまだ高瀬には7つの温泉旅館が残っていて、この旅館が高瀬を支える大きな柱になっています。私たちはそのうちの1つの旅館にお世話になって、毎日温泉に入っていました。温泉で毎回のようにお会いする人もいて、徐々に高瀬での生活が日常になっていきました。
今年の新潟の気温は異常だったらしく、夏真っ只中のお昼の時間に活動することが多かったので、高瀬を一周して体力が限界を迎えてしまうことがよくありました。そんな中でも外だと暑いだろうとお宅にお邪魔する機会が多かったです。お宅にお邪魔すると、他の人の家にも関わらず、なんだか不思議と実家のような安心感がありました。お宅に何度かお邪魔するうちに、自分の孫のようだと言ってもらえて本当にずっと居続けたくなるようになりました。私が東京に帰ってからもお米やぶどうなどを送って下さっています。高瀬での1か月を終えても、築いた関係性が続いていくとは思っていなかったので、高瀬との繋がりを日々感じてもう一つの帰る場所になっているなあと感じます。
1か月終えて
これまで1か月間を誰かと同じ部屋で生活を共にし、食事を共にし、お風呂まで一緒というのはしたことがありませんでした。それでも、皆といるのがとても居心地がよく、私以外の3人の価値観だったり、考え方をこんなに近い距離間で触れることもなかったので、生活している間でも皆からたくさんのことを学んだ1か月でした。この3人じゃなかったら1か月続けることはできなかったかもしれません。
高瀬での活動は、元々私の中で何か成長する機会になったらいいと思って参加したものです。活動当初は高瀬の人との会話に中々入り込むことができず、話題ふりや挨拶訪問などを皆に任せてばかりでした。それが、高瀬で過ごして皆さんとお話をして高瀬の一員としての暮らしに慣れていくうちに、自分から話していけるようになりました。自分の短所を気にしすぎな性格も、高瀬の皆さんに影響されて、あまり気にならなくなっていました。
高瀬での1か月は長くもあり、短い時間でした。東京の夜空を見るたびに明るくていやだなと思います。星も見えないし、周りの人はなんだか冷たいし、帰りたいなあと思うこともあります。あのゆったり流れる時間が愛おしいです。 ここでの生活やつながりを無くしたくなく、また4人で高瀬に行けたらいいねと皆で考えています。その時にはまた一回り成長して帰ってきたいです。