あのときの感覚を、今でも鮮明に覚えています。
それは、1か月のインターンを終えて、茨城に帰っているときのことです。
私は電車を乗り継いで実家に帰ったのですが、その間、違和感しかありませんでした。
スーツケースを転がして歩く私。
電車の窓から外を眺める私。
ホームで電車を待つ私。
どれも信じられませんでした。現実ではなく夢なんじゃないか。そう思うほどでした。普段利用する駅に着いても、変に緊張して、なんだか怖いなあと思ってしまいました。
これは、新潟での「日常」から、本当の日常に急に戻ったために起きた違和感だったのかなと思いました。新潟での1か月は非日常であるはず。
でも、私にとってそれは、1か月限定の「日常」でした。そう思わせるほど、新潟での1か月は特別で、素敵で、贅沢でした。
そんな1か月間の「日常」を振り返ります。
参加動機
私は生まれも育ちも茨城。大学も茨城です。大学には実家から通っています。ただ、今は休学しています。3年までは普通に通い、4年になるタイミングで休学しました。学年でいうと3.5年といったところでしょうか。
休学の理由は自分のために時間を使いたいから、です。今まで自分を犠牲にして生きてきたため、少しでも自分を大切にできればと思い、1年間の休学を決めました。
私がにいがたイナカレッジを知ったのは、大学の知人からです。休学の話をしたときに、「新潟にこういうものがあるんだよ」と勧められました。インターンではあるものの、働くことではなく、暮らすことに重きを置いていることに興味を持ちました。
その後、私は他の人からもイナカレッジの話を聞いたり、実際に新潟へ行ったりしました。
そうしているうちに、私の「参加したい!」という気持ちは大きくなっていきました。1か月親元から離れて誰かと暮らしてみたい。まったく知らないところへ行ってみたい。私の好きな自然に囲まれて生活してみたい。そんな好奇心が私を動かしていました。
鮖谷集落での暮らし
私が1か月間暮らしたのは、関川村鮖谷(かじかだに)集落です。この集落に住んでいるのは25世帯ほど。住民も約70人と、小さな集落です。少子高齢化が進んでいて、集落内には空き家もありました。
そんな鮖谷集落でのプロジェクトは、「むらの原点を見つめ直す」こと。最終的にどんな形で残すのかは、まだ決まっていませんでした。
まずは、鮖谷集落での暮らしを楽しむ。その後で、少しずつ話し合って決めよう。そのような感じで、インターンはスタートしました。
それでは、ここで私たちの暮らしを少し覗いてみましょう。
我が家は旧小学校
私たちが1か月宿泊したのは旧小学校で、なんと使い放題!体育館でバドミントンをして遊んだり、本を読んだりしました。また、集落のいろいろな方が訪ねてくれたり、一緒にご飯を食べたりすることもありました。
イベント盛り沢山
印象的だったのが、イベントの多さ。1か月のうちにそうめん流し、カラオケ大会、盆踊り、運動会、花火大会、大したもん蛇まつりなどに参加しました。その中で、集落の方々の絆や祭りにかける熱い思いなどを感じることができました。
突撃訪問
イベントのない日には、集落内を散歩しました。それで、たまたまお会いした方のお家にお邪魔して、お話を聞かせていただくことがありました。話に夢中になっていると、いつの間にか1時間経っているということも多々。それだけ、集落の方々とのお話は楽しくて、たくさん元気をもらいました。
このように、鮖谷集落での暮らしを全力で楽しんでいました。
冊子「なつかじか」
このインターンの最後に何を残すのか。
暮らしを楽しみながらも、私たちは話し合い、少しずつ決めていきました。
そして、外にいる鮖谷集落の出身者に向けて、懐かしいと思ってもらえるような冊子を作ることにしました。
以前鮖谷集落にいた方が、冊子を手にとり、懐かしいと思ったり、故郷の話題で盛り上がったりできればいいな。「たまには帰ってみるかあ」と、今までよりも帰省の回数が1回でも増えればいいな。
そんな思いを込めて、冊子「なつかじか」を作ることにしました。
ターゲットは集落の外にいる方ですが、集落内にいる方にも気軽に読んでいただくために、一工夫しました。「読む」冊子ではなく「見る」冊子にすること、つまり文章は少なめ、写真は多めにすることにしました。
冊子には、私たちが感じた鮖谷集落の魅力を存分に詰め込むことにしました。
例えば、こんな魅力です。
・集落の方々が皆若々しく、前向きで、元気であること
・不思議に思うくらい、皆の仲がいいこと
・澄んだ川、周囲に広がる山々、木々が生い茂る森など自然が豊かなこと
・たくさんおすそ分けをいただき、食べ物に困らなかったこと
集落の方々からすると、当たり前なのかもしれません。でも、「これが魅力なのかあ」と再認識していただければいいなあと思いながら、作っていきました。
私は担当のページが思うように進まず、苦しむことが多かったです。そんなときに、コーディネーターの金子さんや他のインターンの生に相談して、アドバイスをもらいました。
誰でも書ける事実ではなく、自分にしか書けないことを書くこと。自分の主観を大事にすること。ゼロから作るのではなく、今までの暮らしで感じたことを冊子にまとめること。このようなアドバイスのおかげで、どうにか完成させることができました。
報告会当日。「なつかじか」を持って、集落の皆さんの前へ。不安と緊張でいっぱいでしたが、自分の言葉で思いを伝えることができました。集落の皆さんが「なつかじか」に見入っている姿が印象的でした。
また、報告会ではなんとサプライズが!
加藤村長から「関川村特別住民票」をいただきました。
そのときは、ただただ驚いていましたが、少しずつ私が鮖谷集落にきた意味を感じられるようになり、とても嬉しくなりました。本当にありがとうございました。
1か月の「日常」で得た気づき
自分を客観的に見られるようになった
インターンでは、予想以上に自分と向き合うことが多かったように感じます。今まで目を背けていた自分の姿に不思議と向き合うことができたり、他の人から聞いて気づいたりしたことがありました。長所も短所もどちらもありました。
具体的には、話を真剣に聞くことができる、人の顔を覚えるのが得意、即断即決が苦手、気持ちの浮き沈みが激しい、言葉で表現するのに時間がかかる、行動する前に考えてしまうといったことです。
これらはインターンで気づけた自分の姿です。1か月間暮らすというインターンだからこそ、こんなに気づけたのではないかなと思います。
たとえ小さなことであっても、気に留めることが増えた
いちばん心に残っているのは、集落の方の笑顔です。集落の方と世間話をしているときに、その方の笑顔に心が大きく動かされました。今まで感じたことのない衝撃でした。私の祖母くらい年の離れている方の、その場がパッと明るくなるような、はじける笑顔。誰かの笑顔に動かされることは、初めてでした。また、私の名前を覚えてくれたこと、美味しいご飯をお腹いっぱい食べられたこと、年の離れた方と笑い合えたことにも意識が向いていました。今まで以上に、心のアンテナの感度がよくなったのかなと思います。
最後に
1か月間、ここには書ききれないくらいさまざまなことがありましたが、私は参加してよかったと心から思います。鮖谷集落の方々には、他所からきた私たちを集落の一員として受け入れ、自分の娘や孫のように可愛がっていただきました。鮖谷集落で過ごした日々は、私の特別な「日常」です。そして、鮖谷集落は私の第二の故郷です。
インターンを無事終えることができたのは鮖谷集落の方々、関川村役場の皆様、一緒に暮らしてくれたふたり、コーディネーターの皆様がいたからこそだと思います。この場をお借りしてお礼を申し上げます。1か月間、本当にありがとうございました。
また皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
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