【連載vol.6】働きたいの前に暮らしたい(井上有紀)

1.「暮らし」から進路を決める

 

ちょうど今の時期、多くの大学3年生の頭を悩ませている、就職活動。西田さんは一つ前の連載記事で、現在の就職活動への違和感の正体について触れていた。

その中で特に最後に出てきた、「暮らし」への考え方について私は書きたいと思う。

就職活動のとき、卒業後の進路を選ぶ基準に、なかなか「暮らし」は入って来ない。

少なくとも「就活のシステム(決まったカレンダーに沿って動く)」の中にはない。

まず仕事が決まって、その仕事をするのに不便でない場所に住むという順番が普通だ。

もちろん「県」くらいの単位では、場所から決めることもできるような仕組みにはなっているけれど、それ以上に細かい「暮らす場所」や「暮らす条件」を優先すると、急に仕事も仕事を探す手段もとても少なくなる。

探す手段を変えれば実際には意外と仕事があったりもするのだけれど、パソコンやスマホで調べられる範囲ではまだまだ少ない。

 

私は、大学を休学して商店街に住み、会いたい人や見ていたい風景がたくさんできて、「それができる暮らし」から卒業後の進路を決めた。そしてその選択をしたことを全く後悔していない。

「今のところは」かもしれないけれど、これからのことに関しても、大きな不安はない。

少なくとも家庭を持つまでは、暮らしや生活より仕事を優先するものだ、とよく言われるけれど、本当にそうだろうかと疑問に思う。

100か0かではなく、自分なりの「暮らし優先度」「仕事優先度」を選んでゆくことはできないのだろうか。

 

2.一人暮らしの大学生

 

実家を離れる。大学進学でそれを経験する人も多いだろう。

育った町とは、スーパーのある場所も坂道の多さも見える空の範囲も違う町で、身の回りのことをすべて自分でやらなくてはいけない状況に放り出される。

「はじめは自由で楽しかったけれど、だんだん寂しくなった」

そう言っていた新潟大学の学生もいた。(特に新潟は冬晴れないので寂しさが倍増)

その寂しさの正体はなんなんだろう。大学のまわりなんて、たくさんの同世代が目の前を歩いているのに、孤独感があるのはなんなんだろう。

―この部屋の中一人で食べるごはんなど美味しくないことはもうわかっていて

だからといって友人に連絡を取るのも、コンビニに行くのさえもめんどくさくて

家にあった食材をとりあえず胃に流し込んで泣いてしまうことが何度もあった。

自由は不自由だと思った。

 

新卒で新潟にやってきたコメタクの愛梨ちゃんが自分の大学時代を思い出しながら書いた文章だ。多くのアパート一人暮らしをしたことがある人なら「ああ、わかる」と思い出す瞬間があるかもしれない。

 

隣に住んでいる人の人となりを知らない、すれちがったら挨拶くらいしか交わさない。

学校とバイト先以外に友達はいない。買い物はチェーンのスーパーとドラッグストアとコンビニ。

友達と遊ぶ時間もゼミやサークルに参加している時間もあるとは思うけれど、一人暮らしは圧倒的に、「自分」といる時間が長くなる。嫌というほど「自分」を見ることになる。

一見自分と向き合えるようにも思えるけれど、それだけでは本当の自分や進路の答えが見つかるはずもない。

 

気づいたら大学3年になって「卒業後やりたいことを決めてください」とか「将来ビジョンを描いてください」と言われる。

卒業後の自分は大学時代の自分の「続き」のはずなのに、ぷっつんと途切れるかのように、残りの大学時代は就職のために使わなくてはならないかのように急に降ってくるセミナーや説明会の情報、まわりの「就活」の声。

やりたいことを「職業」で答えろと言われても、やったことがないからわからない。わからないことが不安になって、自信を失うことになって、ますます辛い。

そんな心境に陥る人も少なくないと思う。

3.地域で「暮らす」インターン

 

イナカレッジのインターンに興味がある人たちとの面談で、意外と多い言葉が、「実家以外で暮らしてみたい」「田舎で暮らしてみたい」というものだった。

イナカレッジのインターンは、「滞在型」ということを重視している。

そして、滞在先から「歩ける範囲」「すぐ行ける範囲」に地域の人がいるような形になるよう調整している。「その地域らしい暮らし」ができるように配慮する。

 

―朝起きると必ず誰かがいて「おはよう」と挨拶をする。

道を歩けば挨拶だけではなく会話が生まれてくる。

大量のナスやトマトなどの季節の野菜をどうやって使うか考えながら、旬のものをその時に食べる。

暑い夏の日、扇風機の前でぼーっとする。

農道に寝転んで星を眺める。

常に何かに追われていた大学生活の中で見失いかけていた「生きていることの喜び」を取り戻すことができました。

そしてそんな環境だからこそ、普段は目を背けたくなる自分自身と向き合うことができました。             (終了レポートより)

 

2018年夏の1か月インターンで関川村に滞在していた美穂ちゃんの言葉だ。

彼女はふだん、大学の近くで一人暮らしをしている。

1か月の関川村の暮らしと、大学の近くの暮らしでは何が違ったのだろう。

 

暮らしのそばに「誰か」がいること、季節を感じる仕事や景色が目の前にあること、だろうか。

なぜ「普段は目をそむけたくなる自分」と向き合うことができたのだろう。

4.暮らしがあなたをつくる

 

―田舎に住むだけでなく集落の中で“暮らす”ことができると感じ参加を決めました。

若者を若者らしく、歓迎はしても接待はしない。本当に集落の一員として扱ってもらっていることを感じ、それが私にはとても嬉しかったです。    (終了レポートより)

 

同じく関川村に滞在した都内の大学4年生映璃ちゃんもこんなふうにレポートに書いてくれた。

地域の人に接待ではなく自然に一員として歓迎されたり、季節を感じたり、道端で会話が生まれることは、プロジェクトのための生活、仕事や学校のための生活、というとらえ方をすると必要ないかもしれない。

けれどたぶん、「暮らす」ことで生まれるそういうささいなことが彼女たちにとって、とても大事な経験になった。

プロジェクトのために、仕事のためにあなたがあるわけじゃない。

あなたが心地よいものに囲まれて心地良くなるために、あなたがある。

そんなことが地域の人、行事、風景、表情などに囲まれて暮らすことで

なんとなく分かっていくのかもしれない。

5.「したい暮らし」を考える

 

自分を大切にするような暮らしかたは、本当は田舎じゃないとできないわけじゃない。

アパートでの一人暮らしだって、お隣さんと仲良くなったり、なじみのお店を近くにつくったり、知り合いが作ったお米や野菜を買ってみたり、本当はささいなことで少しだけ暮らしを丁寧にすることはできる。

だから、「暮らしている町への視点」と「小さな行動力」と「時間の余裕」の問題なのかなと思う。それでじわりじわりと町に知り合いが増えていくと、暮らしがどんどん楽しくなる。

年末年始に、たくさん東京の同世代の友達に会った。社会人2,3年目。暮らしの楽しみがほとんどないような仕事中心の生活をしている人が何人もいた。

「来月から○○支社ね」と会社に言われたら北海道だろうと九州だろうと有無を言わさず行かなければならない人たちも。転勤先には友達がいない、という人たちも。

みんな優秀で一般的には「すごい」といわれる仕事をしている人たちだけど、したい暮らしがある私にとっては魅力的には映らなかった。

 

「したい仕事」を考えるより、「したい暮らし」を考えてもいいと思う。

むしろそれは自分のこれからの「人となり」をしっかり作っていくと思う。「したい仕事」が分かるよりよっぽど心強いと思う。

「したい暮らし」を見つけるために、大学時代を使ってもいい。

住むところは変わっても、ずっと通いたい町、会いに行きたいいろいろな世代の人、見に行きたい風景。そういうものを増やしていく大学生活を送ることができれば、たとえまずは仕事優先で進路を決めたとしても「したい暮らし」は失われないと思う。

私は、イナカレッジは、そんな人を応援したいのかもしれない。

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書き手プロフィール>>

井上有紀(いのうえゆき)/にいがたイナカレッジコーディネーター

1993年生まれ。東京都出身。明治大学農学部卒。2015年4月に大学を休学し新潟市内野町の老舗のお米屋さん「飯塚商店」に魅せられ「つながる米屋コメタク」を同じように移住した2人と始める。

卒業後長岡にあるにいがたイナカレッジに就職し、地域インターンのコーディネーターとして働いて2年目。

新潟での仕事は、季節ごとに変わる山の色や旬の食べ物を堪能しつつ、シェアハウスを友達と作ったり好きな町に通ったりして楽しんでいる。最近はイナカレッジプロジェクトを行う未開拓地域・受け入れ先に飛び込みつつ、インターンに興味のある学生と話したりイベントを企画したりしている。

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