【連載vol.4】第二のふるさとと幸せに生きる(井上有紀)

1.承認の土台

 

連載第三回で西田さんが、「評価ではなくて承認(それも親和的承認)が必要だ」と言っていたが、実はこれはイナカレッジがずっと大切にしていたことだった、と気づいた。

もともと地域に対して、何か事業やビジネスが起こっているかどうかばかり評価し、課題ばかり見てマイナス面を言うのでなく、今のありのままをまずは肯定する。そして一緒に汗をかいたりごはんを食べたりして時間を過ごすことが何より地域の前進になる、ということを中越地震の復興支援を通して実感し、伝えてきた。

「めざす」ではなく、「すごす」。その言い方をしたのは、震源地でもあった木沢集落に最初に入っていった今は兵庫県立大学におられる宮本匠さんだ。私はこの人の修論を読んですごく納得した覚えがある。

地域にとって、まずありのままを承認されることが、次のひとりひとりの能動的な姿勢をつくることにつながったのだろう。

 

若者側にとっても田舎での滞在プログラムで共通して得られるものは、「評価」でなくて「承認」だと思う。

ソトモノ・ワカモノに加えて「ばかもの」が地域に入って来る人として大切だ、ということが言われるが、それは「能力や技術を評価するわけではない」からだ。

ずっと同じ人たちで構成され作られてきた空間・集団に全く新しい顔が入って来る。新鮮なリアクションをする。地域の人にとってはそれだけで楽しかったり嬉しかったり、あとは心配だったり見てられなかったりでそれまで少し固定されていた心や体が動いてしまう。

(この動きをうまく起こす環境をつくるのがイナカレッジの仕事のひとつだと思っている。)

そうして若者側は、地域の人にいろんなものを与えられ(それは食べ物だったりきれいな景色だったり言葉だったり笑顔だったり)、気がつくとなんだかのびのび安心して過ごしている自分がいることに気づく。これが「承認」だ。

アブラハム・マズローの有名な五大欲求では、承認欲求は4番目。その次に「自己実現欲求」が来る。承認のあとに自己実現なのだ。

「挑戦を繰り返していけば成長・レベルアップする」と言われるかもしれないけれど、挑戦の前に「承認」という土台がなければ本当に心を開いて幸せに生きていくことはできないということなのではないだろうか。

承認の経験・承認の関係は人生にいくつもあっていい。私含め、イナカレッジに参加したことが承認の経験になっている人は多いような気がしている。特にそういう面が表れている2人のOGを紹介したい。

 

2.身近な幸せ―咲ちゃんの話―

 

大学生インターン生だけでも60名を超えるようになったが、その中で唯一、1回目のインターンの延長戦を2年越しで実施した天然愛されキャラの印象的なインターン生がいた。

亀山咲ちゃん。新潟の新発田市にある敬和学園大学の4年生だ。彼女は大学2年生の時に初めてイナカレッジに参加し、今年は自分でプロジェクトを提案し二回目の参加をした。

 

出身は新潟の見附市。大学も実家から通っていた。漠然と「田舎を出てかっこいい都会に行きたい」と思っていた高校時代。結局家族の意向で県内の大学に行くことになった。

 

―初めて中之島に行った当時のわたしは、大学2年生でした。自分の目指していた都会の大学に行けず、今の大学に行く意味を見出せませんでした。高校生の時には、「田舎=ださい」と思ってしまっていました。だから、地元の新潟に、そこまで価値を感じていませんでした。

(終了レポートより)

興味を持ち始めていた野菜や農業に関する仕事に就職して大学をやめようと思ったこともある。それはと大人たちに止められ、ならばなにかやってみるしかない、とイナカレッジに参加した。

 

咲ちゃんがやったプロジェクトは、1カ月で長岡市中ノ島地域の農家さんをまわり、直売所を訪ね、町の割烹料理屋でその地域の野菜を使った料理を考えていくこと。

今年のレポートでその年を振り返り、咲ちゃんはこんなことを書いていた。

 

―中之島に来て、自然や野菜、農家さん、地域の方々から愛情をいっぱいいただきました。そこには、そのままの自分でも生き生きとできる場所があった!という喜びがありました。

(終了レポートより)

 

想いはあるものの、どこか自信がなかった咲ちゃん。農家さんたちは美味しい野菜をまだまだ知らない学生たちにこれでもかと野菜を与え、体験を与え、笑顔を与える。それを「愛情」として受け取った咲ちゃんは、能力がある自分や将来の自分ではなくて「そのままの自分」でいいんだと思えたのかもしれない。

 

―今の自分が常に物足りない、と思っていたところから日々の生活がなんだか幸せだなぁ、って思うようになりました。身近なものから愛に気づけるんだなぁ、と感じさせてもらいました。

不思議なことに爆発的に色んなことに興味を持ち、やる気が湧き始めました。

(終了レポートより)

 

幸せは東京や大きな会社や10年後にしかないわけではなかった。それが咲ちゃんの自分で気づいた最大の学びだったのだと思う。

今年作った冊子は一見中ノ島の野菜をPRするものだけれど、咲ちゃんのあとがきを見ると、まだ日常や自分の幸せを見いだせていない、咲ちゃん2号や3号に向けた「幸せは身近なところにある」ということを伝えるための冊子だということがわかる。

「美味しい野菜を知って、食べ方を知って、作っている人を知ると、こんなにも日常は幸せになるんだ」ということを全力で書いてくれた咲ちゃん。

1年目のインターンが終わった後、周りから見てもあきらかに彼女は自分の気持ちに素直に行動できるようになっていた。それは、大学でも家庭でもない、イナカレッジで出会った地域の人たちという承認してくれる存在ができたからなのではないだろうか。それが「身近」「日常」の幸せ、つまり「今自分がいるところ」への肯定になる。

自分の潜在的な力を最大化するものはきっと、決して厳しく教え込まれる環境や、不特定多数からの評価ではなく、自分らしく生きている目の前の人たちとの肯定しあう関係性なのだと、咲ちゃんと2年間つきあってきて実感している。

 

3.いるだけでいい―美南穂ちゃんの話―

 

―イナカレッジさんのプロジェクトが、大学生のみなさんへのお手紙や贈り物だとしたら。でも、ただそのままの人になれた私にとっても、大きくて大切なプレゼントみたいでした。

(終了レポートより)

 

次の紹介するのは、詩や物語のように素敵な文章を書く、2018年度夏のインターン生、美南穂ちゃんだ。

彼女は実は社会人。仕事を1か月休んでインターンに参加してくれた。

彼女の終了レポートのこの文章に私は本当にグッと来てしまった。(これ以外にもそんな箇所ばかりだ)ここでも咲ちゃんと同じように「そのまま」の私という言葉が出てくる。

 

美南穂ちゃんは鹿児島生まれ、鹿児島育ち。九州から出て暮らしたりひとりでこういったプログラムに参加したことはないが、鹿児島の地域や教育などの分野で活躍する人たちとのつながりがあったり元々アンテナは高いタイプだったのではないかと思う。ただ、他の「活動」で見てきたものと今回のイナカレッジの地域滞在や人との出会いは少し違って私にとって新しかった、と美南穂ちゃんは話していた。

 

―この1か月間での暮らしを通して、少しずつ、「自分で心地よくなること」、「心地よいをつくること」の感覚が、ちょっとだけわかってきたような気がする。

「人との関わりが生まれること」、「完璧でなくていいこと」、「誰かと一緒にできること」そのしあわせや楽しさを、身体いっぱい教えてもらった。

(終了レポートより)

 

はじめ、まわりや相手を気遣うあまり、自分の気持ちは言えてないんじゃないか、そんなに申し訳なさそうにしなくても大丈夫なのにな…と美南穂ちゃんを見ていて思うことがあった。

だがこの文章で分かるように、少しずつ「自分の心地良さ」の大事にしかたがわかってきたようだった。そのきっかけになったのは、地域の人やプロジェクトのメンバーとの関係だったという。

―畑の見学をさせていただいたり、「あがってきなさい」ってお家でお茶をいただいたり、「よかったら持ってって」と野菜や果物をお裾分けしてくださったりする。

いつだって毎日、ピンポーンの音は鳴りやまない。週一回のミーティングの合間にも、ご近所さんが会いに来てくださって、笑いながら何度も玄関へと走り出す。

 

皆さん口をそろえておっしゃる。

「お返しなんていいんだよ」

そんなある日、岩之入のお父さんのような、ご近所の方にきいてみた。

「何かお礼になったり、喜んでもらえることはないでしょうか。」

すると、道路や植物の方を眺めながら、ぶっきらぼうに教えてくださった。

「そんな、気にせんでいいんだよ。ただそこにいてくれたら、それでいいんだよ」

私たちがただいるだけで、笑ってくれる人がいる。気付いて、声や、手の平や、言葉や、幸せをくれる人たちがいる。

お返しがあるから、何か特別なものがあるから、何かしてあげたくなるわけではなくて、ただ、あなたがあなただから、そこにいてくれるから。ちょうどここに、こんなものがあるから。だから手渡したくなる。そんなメッセージをもらった

(終了レポートより)

さっきから承認が必要だと言っているが、現代の若者が無償の愛を受け取っていないとは言わない。多くの人が親や先生に大事にされて、愛を受け取って生きてきたと思う。

けれども親や先生の愛は、本人の進路や将来に責任まで伴うために重さや期待が思いがけず表に出てしまったりする。また、大学の学科やクラス、世間からは「ただそこにいる」ことではなく「なにができるか」「なにをもっているか」で評価され判断されていく。

そんな10代20代をとりまく状況を見ると、「ほどよく無責任にただそこにいることを喜んでくれる」田舎のおじちゃんおばちゃんたちは、絶妙に彼らの「承認」をつくるのではないだろうか。(実は地域の人にとっても承認になっているが)

そして「この人たちのためになにができるかな」という感情が芽生え始めたら、そこはもう自分にとって第二のふるさとだ。帰ってきたい場所になる。

ただポイントは、「地域のためになにかするから」承認されているわけではないのだということ。1か月インターンで過ごした後、行くだけで当たりまえのように喜んでくれるのがイナカレッジのインターン。会う回数を重ねればなにかしたい、という気持ちは自然に出てくるし、実際になにかできるタイミングも自然と来る。

第二のふるさとができるとどうなるか。

咲ちゃんは、日常が幸せになると言っていた。美南穂ちゃんは、自分が心地よさがわかったと言っていた。

私の感覚としては、生きていく上での「安心感」が増えたことが大きいのではないかと思っている。

地域のためになにかしても、しなくても迎え入れてくれる人がいる。食べ物は作れるし、作れる人を知っている。なんでも作れる人も知っている。

この「安心感」も地域の人にしてもらう「承認」も、実体験をしなければわからない話かもしれない。だからこそぜひ一度そんな体験をしてみてほしい。

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井上有紀(いのうえゆき)/にいがたイナカレッジコーディネーター

1993年生まれ。東京都出身。明治大学農学部卒。2015年4月に大学を休学し新潟市内野町の老舗のお米屋さん「飯塚商店」に魅せられ「つながる米屋コメタク」を同じように移住した2人と始める。

卒業後長岡にあるにいがたイナカレッジに就職し、地域インターンのコーディネーターとして働いて2年目。

新潟での仕事は、季節ごとに変わる山の色や旬の食べ物を堪能しつつ、シェアハウスを友達と作ったり好きな町に通ったりして楽しんでいる。最近はイナカレッジプロジェクトを行う未開拓地域・受け入れ先に飛び込みつつ、インターンに興味のある学生と話したりイベントを企画したりしている。

ブログ http://okaka-to-konbu88.hatenablog.com/

 

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