【連載vol.2】やってみないとわからない(井上有紀)

2.やってみないとわからない

2012年から6年以上、様々な期間や内容のプログラムを運営してきたにいがたイナカレッジは、100名以上の若者を地域に「滞在」させてきた。

受け入れてもらった地域や団体も40以上。はじめは事務所のある長岡市を中心に4つほどの市町村の範囲だったのも、今は新潟の端の方まで受け入れ先としての仲間がいる状態だ。

(2018年3月の報告会&同窓会の様子)

インターンの参加者は、本当に様々な状況、所属、年齢の人たち。

新潟県内の大学生。

首都圏の大学生。

大学を卒業したばかりの人。

東京出身、大手企業で働いていた人。

新潟出身、大学から県外に出た人。

はたまた海外から来た人まで…。

そんなインターンOBOGたちが口をそろえて言うのは、

「行ってみないとわからないことばかりだった」「思いきって行ってみてよかった」

ということ。

 

皆、それなりの紆余曲折があり、流れやタイミングの中で最後には自分で決めて、イナカレッジに参加した。

参加後は、そのまま地域で暮らす人もいれば、離れて暮らす人もいる。地域と関わる仕事をする人もいれば、関係のない仕事をする人もいる。

みんなは、なにか新しい道を選ぶとき、どうやって決めているのだろうか。何がそこから見えるのだろうか。

西田さんの連載をうけ、これから新しい道を選ぶ人たちに向けて、「事務局」かつ「元インターン生」という立場から、出会った様々なインターン生たちの言葉を借りて考えてみたいと思う。

⑴信じられる情報とは

一次情報と二次情報という言葉がある。

五感で本人が実際に体験して手に入れた情報が「一次情報」、別の目的のためにすでに収集されていてどこかに保管されている情報が「二次情報」(インターネットや媒体を通して知るものというと分かりやすいかな)らしい。

二次情報を受け取った時、働くのは「頭」だと思う。受け取って飲み込んで、自分の経験や過去の知識と結びつけて理解しようとする。

でも一次情報を受け取るのは、頭ではなく「身体」だ。

表情、声、空気感、景色、感触、色、温度、味…そして自分の気持ち。

それは、他の誰でもなく自分が受け取る、信じられる情報でもある。

 

農村は、地域の現場は、一次情報の宝庫だ。「行ってみないとわからない」ことばかりである。

将来やりたいことを決めるとき、その理由となっている情報に、どれだけの信憑性があるだろう。先生や親の言葉?進路情報誌?インターネット?

信じられる一次情報を得てもいないのに、やりたいことを決めて目標を固定していいのだろうか。

その行為がゆくゆくは何につながるかを考えるより、まずは実際に体験することが一歩進むということなのではないだろうか。

 

⑵ 実体験が伴った知識を―工藤君の話①―

 

2017年4月。1人の大学生が新潟にやってきた。

工藤京平君、20歳。大学3年になる前に休学をして、イナカレッジのインターン生として活動することになった京都出身で経済学部の大学生だ。

彼のプロジェクトは、小千谷市の山の上にある「若栃」という地域に滞在しながら、その地域にある「株式会社Mt.ファームわかとち」のお米の販売を伸ばすというもの。

本当にぐるぐると山道を登った上にある、秘境のような地域だった。

 

彼の家は、会社の事務所となっているログハウスのような建物から徒歩20秒の一軒家。

家の横には畑もついていて、ここで彼はプロジェクトの合間に野菜も作っていた。

 

―――頭の中では田舎というものがどういうものなのか、そして自分はどう感じるのかというものは出来上がっていました。

でもそれはやっぱり頭のなかの話であって、実際の田舎というものがどんなところで、どんな暮らしがあって、そしてそれを経験して「自分は実際にどう感じるのか」という実体験が必要だと感じ、実体験の伴わない知識(憧憬)はないものと同じで、これはやるしかないなと考えました。                         (終了レポートより)

 

日本全国では休学する学生は7万人近くいると言う。(2015年調査)昨今は私立でもほとんど学費を納めなくても良いところがあったりと比較的休学はしやすくなっているように思うが、それでも休学という決断は、大学の学費や専門や家族によってできる人とできない人がいるもの。

やはり、「同期と一緒に卒業できない」「勉強してきたことが一度途切れる」など、それなりにハードルはある。具体的にまわりに休学したことのある人がいないと、なかなか選択肢としては浮かびづらいのではないだろうか。

では休学しようと決めても、「なんで?」の質問攻めが待っている。

かくいう私も、イナカレッジのインターンではないが休学した人のうちのひとり。その体験はいやというほどしている。

誤解を恐れずに言うと、本当は西田さんの言うように「なんとなく惹かれて」という理由でもいいのかもしれない。そこで何が得られるかなんて、そもそも行ってみないとわからないのだから。

私も休学しようと思った一番の理由は、「地域で暮らす、活動する」を自分の肌感で知りたかったから、だ。それがその先の将来にどうつながるかなんてわからない。

ただそれを「目標設定・達成型」しかないと思っている両親やまわりの人たちに説明できるほどの自信はなかった。

「実体験の伴わない知識はないものと同じ」そう書く工藤君の言葉にははっとさせられる。

どれだけ実体験の伴わない知識だけで、私たちは何かを理解した気になっているだろうか。

 

神奈川出身で休学し1年インターンに参加した水沼真由美さんのレポートにもこんな一言があった。

 

―――当たり前にくるものだと思っていた春夏秋冬。

この一年はその移り変わりを自分の肌で感じるからとても特別なものでした。

学校を飛び出して過ごした地域というキャンパスは「間接的な学び」ではなく「直接的な学び」にあふれていました。

 

⑶ やりたいことは(仮)でいい ―工藤君の話②―

 

工藤君は、かなりがっつり米作りの行程を体験しながら、お米のパンフレットをつくるため写真をとったりネットショップを開いたり地域内の宿の利用者や以前購入したお客さんにアンケートをとったり、忙しく活動した。

社長は生粋の地元の農家でありながら、頭も切れるし物事をどんどん進めるおおものオヤジ。事務所にいるのは、10も20も年上の職員の方々。集落の宿には料理上手で元気ハツラツなお母さんたち。

工藤君はそんな人たちの中で愛されながらプロジェクトに勤しんだ。

 

―――ある意味自分のやりたいことがわからなくて参加したのだからこれがやりたい!といった主体的動機なんて弱くても仕方がない。

これがやりたい!がないのならそれが本当にそうかわからなくても仮のやりたい!を固定して、(中略)その仮のやりたい!を軸にして行動をする。その行動の中で括弧の中に入れていた、やりたい!が違うなと感じたらまた別のやりたい!を仮止めしてそれに向かってまた奮闘すればいい。

 

優秀で誰とでも物怖じせず話せる工藤君の中には、自分が本当にやりたいことが見つかるかもしれないという期待と、本当のやりたいことだと認定してからじゃないとのめりこまない(必要なことをこなすことはできるが)という歯止めがあったのかもしれない。

そんな中、折り返し地点で教授にかけられた言葉や、その後のお米研究のようなプロジェクトを経て、「仮止めのやりたいことでもいい」という気持ちになれたんだと思う。

最後の工藤君のレポートからはそんなことが読み取れた気がしている。 (工藤君のレポート全編を読みたい方はこちら

⑷ やりたいことは秘かにさがす―麻貴ちゃんの話―

 

―――やりたいことがある人しか動けない、というのは自分が動けない言い訳だったと思います。

 

2018年夏の1か月インターン生、梶谷麻貴(かじやまき)ちゃんの言葉だ。

東京育ちの大学3年生。実は私のゼミの後輩でもある。

麻貴ちゃんとは、イナカレッジの話をしに春にゼミに行った時に出会った。地域政策や田園回帰について研究するこのゼミでは、毎年夏に地域の現場に行くことを推奨されている。

1学年10人ほどが所属するゼミの中で麻貴ちゃんは、特に目立った自己紹介や発言をするわけでもなく、普通に話を聞いていた。

ゼミ後の懇親会で改めて話し、感じのいい子だなと思ったのと住んでいるのが私の実家のある調布だったということでなんだか親近感が沸いたのとで、「まきちゃん、夏イナカレッジに来たら?」と軽く言ったのを覚えている。

 

数日後、麻貴ちゃんは参加すると連絡をくれた。誘った時の反応のわりには決断が早く、少し驚いた記憶がある。

 

―――強い思いがあって参加する人もいるのに、私の参加動機は不純じゃないかな?

他のインターン生の話を聞いた時、どうしてここに来たか聞かれた時、ここにいていいだろうかとドキッとしました。

 

麻貴ちゃんはレポートにこんな風に書いていた。たしかに、参加申込書にあった志望理由はそんなに長くなく、インターン中も「ここに来た理由は?」と取材されたときなどは少し困った顔をしていた。それでも参加の決断が早かったのは、家にいるのが大好きな麻貴ちゃんが、なんとなく過ごしてしまっていた大学生活を少し変えねばと思ったからだそう。

 

でも実際は、そんな不安な気持ちの大学生だとは思えないほど、彼女は釜谷という集落で暮らしながら冊子を作るプロジェクトで大いにセンスを発揮してくれた。それぞれにまた別のセンスを持った他の2人のメンバーも、まきちゃんの言葉や視点があって本当によかったと言っていた。

―――新潟に来て毎日違うことをしている。今日とは違う明日になることが1つの楽しみなのかなあと今思いつきました。

学生のこの就活どうしようかなって漠然と悩むしかない時期に、たくさんの人と出会って、違う悩みに真っ向からぶつかって、自分のものさしが少し見えてきたりしていることが今は楽しいです。                         (9月5日の日報より)

 

1か月の間、毎日書く日報にはこんな気づきを書いてくれた。参加するときに強い思いや大きな目標がなくていいのだろうかと思った麻貴ちゃん。この言葉は、むしろ目標を立ててそこに向かっていたら生まれていただろうか。

「違う悩み」というのは、どうしたらあのおばあちゃんが喜ぶだろうとか、この地域の良さを伝える冊子にはレシピを載せるのがいいか、会話を載せるのがいいかとか、そういうことだろうと思う。

「自分は将来何をやりたいだろうか」と漠然と大学とバイト先を往復しながらずっと考えているよりも、こうして地域で好きな人たちに出会って悩みながら何か創り上げていくことは、何倍も気持ちよく楽しく、自分の興味や好きなことが分かっていくのかもしれない。

 

―――いろんな地域のイナカレッジインターン生が集まって行われた中間報告会で感じたこと。

今目の前にある課題に真剣に悩む姿は、将来やりたいことがあるかないかは無関係に眩しかったです。

 

「目標設定・達成型キャリア形成」が正しいとは限らない、と西田さんは言う。

将来やりたいことがあるかどうか。今やっていることが将来につながっているかどうか。それは、今目の前に「偶然」あらわれた機会を直感的につかむかどうかには関係ないのかもしれない。

目の前の機会に懸命になり、実体験を通して自分の感性を磨き、それを信じて次の選択をする。それが幸せに生きていく方法のひとつかもしれない。

 

まきちゃんは最後には、こんな風にレポートに書いてくれていた。

 

今自分に与えられた課題に懸命に取り組んでみる。

そして秘かにやりたいことを探し続けていく。

そうしようと思いました。

 

やりたいことはきっと、目の前の機会にのっかって実体験を増やしながら「秘かに」探すくらいがいい。

漂流するように今を懸命に生きながら、自分なりの幸せをつかんでいけばいい。

まきちゃんはそんなことを私たちに改めて教えてくれたように思う。

 

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書き手プロフィール>>

井上有紀(いのうえゆき)/にいがたイナカレッジコーディネーター

1993年生まれ。東京都出身。明治大学農学部卒。2015年4月に大学を休学し新潟市内野町の老舗のお米屋さん「飯塚商店」に魅せられ「つながる米屋コメタク」を同じように移住した2人と始める。

卒業後長岡にあるにいがたイナカレッジに就職し、地域インターンのコーディネーターとして働いて2年目。

新潟での仕事は、季節ごとに変わる山の色や旬の食べ物を堪能しつつ、シェアハウスを友達と作ったり好きな町に通ったりして楽しんでいる。最近はイナカレッジプロジェクトを行う未開拓地域・受け入れ先に飛び込みつつ、インターンに興味のある学生と話したりイベントを企画したりしている。

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