いつでもそこに、「とも」にある暮らし

今年の夏と秋、新潟県柏崎市の岩之入集落にお世話になりました。

生まれ育った鹿児島から、憧れだった新潟へ、1ヶ月と1日、暮らすことができて、でもまたきっと帰ってきたいから「いってきます!」と言って来ました。

出会ったいろんな人や景色に、いつかまた会いに行きたいです。

1カ月、新潟での田舎暮らしへ

「新潟でインターンシップをしたい」

心に浮かんでいた5月頃、にいがたイナカレッジさんの募集と出会った。こんな取り組みがあったんだと、正直とてもびっくりした。

1ヶ月という期間の長さ。

旅の経験がほとんどないこれまでで、初めての3泊4日以上

そして、はじめましての人との共同生活

今目の前にある暮らしでも、できていないことや苦手ばかりなのに、それ以上のことに挑戦しようとしている。責める気持ちや不安、社会のこうあるべきから離れてしまうような、誰にもわかってもらえないような怖さから、いっぱいいっぱい悩んだ。

でも、これまで少しずつ地域づくりについて学んでいたことを通して、土地に暮らす人と、より内側で関わることで、ようやく一歩になれる何かがあるのかなと感じていたこと。それから、ホームページにあった「岩之入集落」の方々の穏やかな集合写真と、始めに書かれていた言葉に、ずっとわくわくしていたこと。

8月の半ばに近づくころ、前日の夜と今朝にはじめて出会った女の子たちと、コーディネーターさんと一緒に歩いた岩之入の景色は、ほんとうに自然豊かで、のどかで、トトロの物語に出てきそうな雰囲気だった。

だから、このプロジェクトに

ホームページで出会ったタイトルは、

「地域の思い出を紡ぎなおす!暮らしのカレンダーづくり」

複数のプロジェクトの内容も丁寧に読みながら、地域づくりに関わる上で取り組んでみたいこととも向き合い、大切にしたいことがいくつか浮かんだ。

「地域の魅力を表せるかたちが、きっと誰だってほっと手に取れるものであること」

「できるだけ、その土地に暮らす一人ひとりの方とお話や交流ができること」

「女性から子どもまで、いろんな世代の方がいること」

そして、最後に決めるきっかけとなったのが、「まだみえないことがたくさんある」「地域での時間も、思い出をのこす方法も、まだ仮のもので、これから自分たちで決めていく」ということだった。

「地域の人がここで暮らす価値や自分らしさを再確認できる」ような何かを、果たしてちゃんとできるのか。まっさらな所から道をつくっていくようで、自信がなかったけれど、「価値ってなんだろう」ここ何年かずっと浮かんでいる問いの答えにも、出会えるような気がした。

岩之入とはじめまして

端から端まで歩いて巡ることができる、5つの班から成る小さな集落。ほんとうにジブリの世界のような、自然いっぱいのトンネルや、改札や駅員さんがいなくても、JRが通るのんびりした駅もある。集落のいたる所には畑や田んぼ、奥に進めば大きく豊かな棚田も広がっている。

そんな土地には、90歳を超えてもなお現役で畑仕事をされるお婆ちゃん、村を愛する生き生きとした集落出身の男性たち、嫁いでいらした明るく気持ちのよい女性たち。都会から移住していらした明るいご家族。集落を駆け回る小学生の男の子や、生まれたばかりの赤ちゃん、広い道路で小さな子どもと駆け回る、優しく気さくな若いご夫婦まで。

人口は高齢の方が中心でも、本当に多世代で、多様な方々が朗らかに暮らす地域だった。

長鳥駅から歩いて徒歩3分、すてきな古民家をお借りした。テレビもラジオも、集落にはお店もないけれど、夜でもドッコンドッコン元気な二層式洗濯機や、昔ながらの手芸をされる女性のお宅に生えている竹を使って、岩之入の皆さんが集まって、流しそうめん会をできるほどの立派なお庭もある。

そんな古民家で一緒に暮らしたのが、千葉県の街からそれぞれやって来た2人の女の子だった。3人と、地域の皆さん、いろんな出会いに恵まれた「岩之入じかん」が始まった。

暮らしの口ぐせ「ぜいたくだなあ~」

朝、6時台には、ぱっと目が覚める。跳ね起きて簡単に着替えたら、すぐさまゴミ袋を手に、玄関の外へ。名前を知ってもらうためのカードも、だんだん付けなくなってきた。もう会えるだけで、自然とおしゃべりしてくださる。

回収場所に持っていったら、そのままふらりと朝散歩へ。畑の見学をさせていただいたり、「あがってきなさい」ってお家でお茶をいただいたり、「よかったら持ってって」と野菜や果物をお裾分けしてくださったりする。行きよりすっかり、両手も心もいっぱいになって帰りつく。

よし、今度はみんなで朝ごはん。パンが食べたいときは、ご近所のお母さんの手作りジャム、お米を食べたいときは、岩之入で収穫されたぴかぴか真っ白なお米に、集落のお婆ちゃんたちの漬けた、なすやキュウリやみょうがのお漬物がある。

それから朝ごはんに関わらず、昼も夜も、一緒に暮らす女の子の手料理がもう楽しみで、ときには料理教室も開いてくれる。

ゆっくり食べているだけではない。いつだって毎日、ピンポーンの音は鳴りやまない。すてきな笑顔や明るさをいつでも届けてくれるコーディネーターさんたち。一緒に並んでお話できる週一回のミーティングの合間にも、ご近所さんが会いに来てくださって、笑いながら何度も玄関へと走り出す。

近所のお婆ちゃんのおしゃべりは、まるで演芸場の漫談のようだったり、小学生の男の子がくれば、青空の下でも夕暮れ時でも、探検ツアーが始まったりする。

メンバーの女の子と一緒になって、目をきらきらさせて走り出す姿がいつも楽しい。

夜には、個性豊かな虫もやって来るけれど、外へ出れば、満点の星空がほんとうに広がっていて、1か月の間でいろんな方と線香花火ができたり、塚山という地域では、岩之入集落のカッコいい三役の方々と、打ち上げ花火を観ることもできた。

朝起きてから、夜眠るまで、いつでも誰かの存在が心にぽっと浮かぶ。楽しくなったり、嬉しくなったり、会いたくて仕方なくなったりする。天気ひとつで、「~さんの畑は大丈夫かな」食卓では、「これは~さんのくれた茄子だね」そんな会話ができる。

大切な人や景色が増えていく、ほんとうに満たされる毎日だった。

岩之入で出会った”人”との物語

カメラを向けただけでどこかへ逃げていく。一緒に撮りましょうと並べば、さっきまでの柔らかなお顔はどこへやら、全身を石のようにして固まる。とってもシャイな岩之入の住人さんひとりひとりが、物語の主人公みたいに見えた。

「人が魅力の地域だね」

メンバーの視点や印象に残る思い出はそれぞれにある。だけど、朝も昼も夜も、わいわい夢中になって話したのは、個性豊かで優しくて、可愛くてカッコよくておもしろい。岩之入のみなさんのことだった。

イナカレッジさんのインターンシップの課題として、その日一日を記録する「日報」が、毎日の出会いと思い出を誰かに話したくなるようなものになっていった。

3人それぞれの言葉で切り取られた、岩之入の景色、人の魅力がつまった日報が、そのまま「エピソード」となって、地域の暮らしをいつでも感じられるような“暦づくり ”につながった。

「カレンダーではなくて、もっとこの土地の季節を感じられる暦をつくろう」

「春夏秋冬ではなくても、私たちが出会ったこの数週間の暮らしがいいんじゃないかな。」

ほんとうに私たちが感じたそのままが、地域の魅力でいいんだ。とても新鮮な気持ちで、そうして、それぞれの想いをいっぱいに詰め込んだ暦を、本当に山あり谷あり、完成させることができた。

そこにいてくれたら

この数週間、日々いろんな方からいただく“お裾分け”に、だんだん落ち着かない気持ちになっていた。「いただいてばかりでいいのかな」「何かお返しはできないかな」「どうしたらお礼を伝えられるだろう」

お料理をつくって持っていったり、写真や手描きのイラストをプレゼントしたり、メンバーとの創意工夫で、いろいろ実行してみた。ジェントルマンな職人さんも、癒しのお婆ちゃんも、照れたように受けとってくださった。

でも皆さん口をそろえておっしゃる。

「お返しなんていいんだよ」

そんなある日、岩之入のお父さんのような、ご近所の方にきいてみた。

「何かお礼になったり、喜んでもらえることはないでしょうか。」

すると、道路や植物の方を眺めながら、ぶっきらぼうに教えてくださった。

「そんな、気にせんでいいんだよ。ただそこにいてくれたら、それでいいんだよ」

最後までそっぽを向いたまま、目を合わせてくれなかった。

私たちがただいるだけで、笑ってくれる人がいる。気付いて、声や、手の平や、言葉や、幸せをくれる人たちがいる。

 

お返しがあるから、何か特別なものがあるから、何かしてあげたくなるわけではなくて、ただ、あなたがあなただから、そこにいてくれるから。ちょうどここに、こんなものがあるから。だから手渡したくなる。そんなメッセージをもらった。

自分で美味しく、心地よくなること

「ごめんなさい」って伝えたくなることもたくさんある。

共同生活のとき、自信のなさやネガティブな思考で、視界が狭くなって、一緒に暮らしているメンバーのことも、信じられなくなったりすることがあった。

3人とも実家暮らしから初めて、数週間という毎日の共同生活。生まれ育った場所やこれまでの経験、普段の日常もそれぞれ違う。暮らしのちょっとしたところでのすれ違いもあった。いっぱい迷惑をかけた。

でも、お互いの抱えているもやもやを思いっきり話した夜や、それぞれの「心地よさポイント」を伝え合えた時間など、いろんな波を一緒に過ごせた。

それからは、いつでも最後には、こちらの弱さもだめだめも全部ひっくるめて、何となくわかって、ほんのりと待っていてくれる2人がいた。大丈夫だよって、背中から見守っていてくださるような、コーディネーターさんたちもいた。おかげで不器用でも、いろんなことを吸収しながら、ほんの少しのできるを糧に、同じ時間を歩いたり走ったりできた。

インターンを終えてからのこと、新潟市にある町で出会った女性が教えてくださった。

 

「料理はね、誰かの美味しいに合わせようとしたって上手くできないの。好みやその日の体調によっても変わってくる。だからね、大事なのは、“自分が食べて美味しいかどうか”。自分が、心から美味しいってものを作れるようになること。それが基本なのよ」

 

この1か月間での暮らしを通して、少しずつ、「自分で心地よくなること」、「心地よいをつくること」の感覚が、ちょっとだけわかってきたような気がする。いろんな人から、もらってきたんだなと思う。でもまだまだ修行で、料理は一朝一夕では身に付かないから。この1ヶ月も、初めの一歩で始まりなんだろうなって思ったら、たくさんの後悔や反省も、何とかつなげていけるような気がしている。

「とも」にできるしあわせ

「足りなくなること」「ともに完成すること」

きっとしばらく永遠の課題だと思う。

たぶん、もし一人でインターンをしていたら、きっと出会えなかった景色がいっぱいある。メンバーと一緒だったから、日々の何でもない暮らしや日常を、思いっきり過ごすことができた。近所の男の子との探検ツアーや、インターホンの向こうで待っているおばあちゃんとの団らんが、何より大事な時間になった。

いつだって焦るこちらの横で、「何とかなる!」の姿勢でいる。実際、特別な準備をしなくても、その時々の流れの中で、全力で今を暮らして、走って、コーディネーターさんにも、集落の方々にも、いっぱいお世話になった。

「人との関わりが生まれること」、「完璧でなくていいこと」、「誰かと一緒にできること」そのしあわせや楽しさを、身体いっぱい教えてもらった。

さいごに

イナカレッジさんのプロジェクトが、大学生のみなさんへのお手紙や贈り物だとしたら。でも、ただそのままの人になれた私にとっても、大きくて大切なプレゼントみたいでした。

価値は、まだはっきりとわかりません。でも、「お返しなんかいらないよ」「ただいてくれたら、それでいいんだよ」集落の方からいただいた言葉や、この1ヶ月の出会いの中で、もったいないくらいに受けとることができた優しさやあたたかさを、こっそり大事にしていよう。いつか誰かにお裾分けできたらいいなと思います。

 

お世話になった方々へ ありがとうございます。それから、ずっとずっと応援しています!それぞれの暮らしが、前へのびのびと、わくわくと歩けるものでありますように。

それにしても、「とも」って名前が大好きです。

夏と秋の間の、たとえ曖昧なものでも、いっぱい悩んでひらめいて、思わず顔を見合せて喜んだあの瞬間が、とっても宝物です。