イナカレッジで見つけたこと【梶谷麻貴】

やりたいことがない

自分に自信がない

多くの大学生が抱える悩みだそうです。

就活が目前まで迫る大学3年生。私も焦っていました。

イナカレッジに参加して、ほんの少しの自信が湧き、やりたいことがない私のこれからを少し考えることができました。

 

大学3年生の梶谷麻貴です。

親の転勤で地方を転々とし、小5から東京に住んでいます。

家が大好き。

若干家にこもりがちなごく普通の大学生です。

大学では農学部で地域づくりについて学んでいます。

参加までの経緯

イナカレッジを知るきっかけは、大学で私が所属するゼミの卒業生にイナカレッジのコーディネーターの方がいたことで、参加してみないかと声をかけていただきました。

私はその当時地域インターンを探していました。というのも、ゼミでは夏休みはどこかしらの地域に入って活動することが義務化していました。

でも、仕方なく参加したわけではなくって。

縁もゆかりもない土地に会いたい人ができる。地域インターンを経験した先輩たちが口にする、「第二の故郷」という存在に心のどこかで憧れていました。

即決できなかったのは、1か月という期間の長さ。

夏休みはインターンもそこそこに遊びたかったのが本音です…。

でもこれだと今までの大学生活と何も変わらないような…。

 

そして、1か月知らない人と知らない土地で暮らすことへの不安。

しかし参加を決めたのも1か月という長さ。

参加してみれば何かを得られるのではないか。変わる自分がいるのではないかという期待。

とりあえず行ってみよう…。悩みに悩んで、自分にとっては大きな決断をしました。

 

強い思いがあって参加する人もいるのに、私の参加動機は不純じゃないかな?

他のインターン生の話を聞いた時、どうしてここに来たか聞かれた時、ここにいていいだろうかとドキッとしました。

だけどコーディネーターの有紀さんに、まきちゃんみたいな子に参加してもらえてよかったと言ってもらえて安心しました。

やりたいことがある人しか動けない、というのは自分が動けない言い訳だったと思います。

 

釜谷で暮らすときめき

私が1か月過ごしたのは、新潟県出雲崎町釜谷地域。

小釜谷集落と大釜谷集落からなる、20世帯ほどしかない小さな地域。

若者はほとんどいない高齢化が進む地域で、広がる田んぼもほとんどは他の地域の人に担ってもらい、栽培が盛んな梅も組合の人数は減る一方。

ですが、よそから来た私たちに世話を焼かずにはいられないパワフルなおじいちゃんおばあちゃんがたくさん。

 

釜谷のプロジェクトは冊子づくり。

私たちが冊子のコンセプトに取り上げたのは、釜谷で暮らす中で外者だからこそ感じられた些細な「ときめき」。

 

田んぼの風景から感じる季節の移ろい。

私たちが普段守らない「また今度」の口約束を当然のように守る田舎の掟。

おばあちゃんたちとの世間話の中から垣間見える暮らしの中の小さな幸せ。

 

釜谷の風景や人は私たちに心がポッと温まるようなキュンとするような、じわ~とするようなときめきを与え続けてくれました。

 

 

都会でせかせかと動き続けて、こなすような日々を送っている人にこのときめきを届けて、少し立ち止まって自分を見つめる時間を作ってほしい。

 

そういう思いを込めて私たちは冊子づくりに取り組みました。

 

 

私たちは、日常のときめきを探すために、取材という形ではなく、おばあちゃんの家でご飯を食べさせてもらったり、お風呂を借りたり、草刈りに参加したり、お風呂を借りたり、おじちゃんと飲んだり、お風呂を借りたりと馴染んでいくなかでフラットな関係を築こうとしました。

 

勘の良い方は気づいたかもしれませんが、私たちが暮らした空き家にはお風呂がなかったので(別の空き家に用意されていましたが)、それを見かねたおじいちゃんおばあちゃんはうちで入っていけ~と言ってくださって、様々なお宅のお風呂を練り歩きました。

 

よくお風呂を借りに行っていたお宅にいつものように「ごめんくださーい」とお邪魔すると、

「うちの子が来た~」と言われたのが私のときめき選手権優勝です。

私たちをまるで娘のように、孫のように扱ってくれて、釜谷は大きな特別な家族のような心地よい場所になりました。

ただ集落をうろついている私たちに、野菜をくれたり、手作りご飯をわざわざ家まで届けてくれたりと優しさが尽きることはありませんでした。

 

釜谷の人は「こんな場所…」と言うけれど、私は「こんなに素敵な人」がいるとてもとても素敵な場所だと思っています。

 

私たちはその優しさに対してどうにか冊子で感謝を形にできたらと、頭を悩ませ奮闘しました。

 

釜谷の人が望んでいた冊子(歴史)と自分たちが作りたい冊子が噛み合わなかったとき、要望に応えたい、でも伝えたいことを曲げたくないと迷った時があります。

 

他の地域で私たちより早く活動をしていたインターン生に、

「私たちの地域も同じだった。大事なのは自分たちの伝えたいことを伝えることだと思う」

とアドバイスをもらうことができたので、それから私たちは自信をもってときめきを伝える冊子を作ることができました。

 

得たこと

私はいつも何を言おうか考えてこれは言っても良いのか考えて結局タイミングを逃して何も言えません。

冊子の自分たちのプロフィールのページに私は「正直者」と書かれました。

良いのか悪いのか…。

 

毎日気づきを日報に書いてコーディネーターの方と、ほかの二人のインターン生に送っていました。

有紀さんは毎日返信をくれるのですが、いつも感性を褒めてくれる。

 

自分の思っていないことは取り繕って言ったりしないところ。

これは自分から見たら口下手と捉えてしまいますが素敵と言ってもらえたのでこの1か月自分の感性を信じて、思ったことをいつもより口に出してしまう正直者になってしまいました。

 

有紀さんの返信のおかげで自分の言葉に自信を持てたので、自分らしくいようと思えました。

言いたいことを言えない今までの自分より少しの進歩です。

冊子を読んだお母さんは私が何か言うたび「うわ!正直者」と反応してきてちょっと面倒ですが。

 

あと、いろんな地域のインターン生が集まって行われた中間報告会で感じたこと。

今目の前にある課題に真剣に悩む姿は、将来やりたいことがあるかないかは無関係に眩しかったです。

 

大学受験以来私が真剣に取り組んだことってあっただろうか?

ないから2年間空っぽのような時間を過ごしている気分でいました。

 

地域や自分や冊子づくりと対峙した1か月は1ミリの隙もなく、いろんな思いが詰まった貴重な時間でした。

 

今自分に与えられた課題に懸命に取り組んでみる。

そして秘かにやりたいことを探し続けていく。

そうしようと思いました。

私が得られたことなんて他の人から見たら小さいかもしれませんが、今まで向き合おうとしなかった自分に向き合うことができたことが自分なりの成果なのです。

最後に

1か月初めて会う人と暮らす不安は考える暇もないくらい新鮮な体験があふれていました。

自分らしくいられる環境は、一緒に暮らしたおおらかな2人や、意見を尊重してくれるコーディネーターの皆さんによって作られていたと思います。

そしていつでも優しく私たちの暮らしに寄り添ってくれた釜谷の方々がなにより忘れ難いです。

この場を借りてまたまたお礼を言わせてください。

たくさんの体験と気持ちをありがとうございます。

ぜひまたお会いしたいです。