にいがたライフスタイルカフェ2017 レポート VOL.6-パラレルワーク-


 

いくつかの職種で収入を得ながら暮らす、いくつかの生活拠点をもって暮らす、など多様な生き方や働き方が少しずつ増えてきました。

自分の望む生き方や働き方を実現するために、兼業や複業を選ぶ人も少なくありません。

それは都会の中だけではなく、地方の中や都会と地方の多拠点でも行われています。

新しい働き方を模索しながら実践する方々にお話をお聞きしました。

 


 

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中神:私は、2月末までは、北海道十勝の大樹町で地域おこし協力隊をしていました。協力隊1年目の時につくった会社の代表もしています。協力隊卒業後どうするか悩んだのですが、自分の引き出しを増やしたいという思いもあり、転職活動をして、「PASS THE BATON」というストーリーのあるリサイクルショップなどを展開している「スマイルズ」で働き始めました。今は東京で暮らしています。

大学進学で東京に出てきて、マーケティングを学び、卒業後に自動車会社に入社したんですが、働くうちに、会ったこともない人たちの為に働くことが、だんだんとよく分からなくなってきました。このままでは自分の思ってもいない方向に勝手に進むことになってしまうのではないかと危機感を覚えるようになり、「地元に帰ろう」と決心して、ちょうど3年前に会社を辞めて、地元である大樹町で協力隊になりました。

協力隊としては、ふるさと納税の商品企画やイベントの企画をしていました。協力隊卒業後も、ふるさと納税の企画については私の会社で大樹町から受託する予定です。ただ、私は大樹町にいないので、月に1回大樹町に帰る際に、行政の方とやりとりして、基本業務は大樹町に住んでいる主婦の方を雇って、地域で回してもらいます。今年は、週5で正社員として働きますが、複業OKにしてもらいましたので、ローカルと都会を行ったり来たりする予定です。

 

山中:僕は今、フリーランスで働いております。肩書が、「働きかた編集者」です。これは自分で作っちゃった肩書なのですが、どんなことをやっているかというと、NPOやソーシャルビジネスなどの領域の働きかたを主なテーマに、企業の採用支援や編集・ライティング、イベントの企画や司会、あとはキャリアカウンセリングなどをしています。具体的にやっていることを説明すると、ソーシャルビジネスやNPOなどの求人を行う「グリーンズ求人」というサービスのプロジェクトマネージャーや「生き方見本市U30」など、生き方や働き方を考えるイベントの企画・運営をしています。

いろいろなことをやっているんですが、僕の根っこの部分には、一貫して「キャリアの物語を紡ぐ」というテーマがあります。キャリアや生き方、働き方は物語だなあと思っているのです。これまでは、東京で、新卒で、大企業に入って、一生そこで働くというキャリアの在り方が正解みたいなものだったのですが、段々そうではなくなってきています。一人一人が自分のキャリアの物語を作っていかなきゃいけない時代になってきているなあと感じます。でも、それを一人でやるのは大変です。

というのも、僕自身、就活ができずにニートになった時期があるんです。その時に、人はご飯を食べられないと死ぬけど、自分の物語、つまり自分はこういう人間でこういう人生を生きているのだという物語がなくなっても死ぬなと思いました。「自分の物語が無いというのはこんなに辛いんだ」と、実感したんです。そういう体験を生かして、誰かが自分の物語を紡ぐことをお手伝いできたら嬉しいなと思っています。IMG_6056

 

ほんま:私は、山形県生まれ千葉県育ちの現在26歳です。今、新潟県十日町市に暮らしています。19歳で一度結婚をして、21歳で離婚しました。そして実は、今月、私と同じように十日町市に何の縁もゆかりもなかったけれど移住してきた男性と入籍予定です。

そもそもは、地域おこし協力隊として十日町市に暮らし始めました。協力隊は、お給料をもらいながら、地域に関わり、自分のキャリアを考える期間が3年間与えられる特殊な職業だと思っています。写真撮影や野菜販売などの実務的なことから、地域おじいちゃん、おばあちゃんとお茶を飲みながら「最近どうですか?」と話すことなど、いろいろと幅広くやらせてもらいました。

協力隊の任期途中で起業しておいた方が任期終了後のリスク回避ができるかなと思い、2017年の4月に起業しました。「とかとこ ちいき編集部」という名前で、写真撮影や文章を書くこと、十日町市内の飲食店のブランディングなどを仕事にしています。写真撮影や文章を書くことは、今まで仕事として経験したことはないものでしたが、地域おこし協力隊の活動を通してフリーランスになるまでの土台作りできていたので仕事にすることができました。協力隊の時には無償で提供していたことも、「いつかお金に変えられそうな仕事だな」と思いながらしていました。地方においては、SNS発信と人脈づくりは本当に大切です。SNSで自分のしていることを発信すると、実際に会った時に仕事に繋がることもあります。

現在の住まいは、「ギルドハウス十日町」と「ギルドβ」の二か所で、「ギルドβ」は家賃が無料です。フリーランスにとって稼ぐことももちろん大事ですが、いかに生活コストを下げるかということも重要です。毎月一定の仕事があるわけではなく、波があるのですが、家賃無料の物件に住んでいるのは大きいです。今、お金がたくさん得られているわけではないですが、自分の幸せが見えてきて、気持ちよく過ごせることがすごく多くなってきました。

 

 

今の働き方にたどり着くまで


日野:みなさんに、なぜ今の働き方に至ったのかをお聞きしたいです。中神さんの場合は、なぜUターンしようと思ったのかもう少し詳しく教えてください。

 

中神:私の地元は、5700人くらいの小さな町です。そんな地元がどんどん過疎化していく様子を、帰省する度に見ていました。「いつかは地元のために働こう」と思っていたのですが、まずは力を付けようと思い、東京で働いていました。でも、だんだん会社でやりたいこともなくなっていましたし、周りの同世代が結婚して子どもを産んで、マンションや家を買って生活基盤が固まっていくのを見ながらも、私は東京で家を買いたいという気持ちも湧きませんでした。いろいろと考えた末に、「あ、そうだ、地元に帰りたかった」と思い出して、Uターンしました。IMG_6016

東京でいろいろとやってきたので、協力隊になると、地域ではとても重宝されました。3年間の成果もあったので、そのまま地元に留まっても、相当仕事が貰えそうな感じにはなっていました。でも、私が提案したものが全部「良いね」と言われて通ってしまうことに疑問も感じていました。見る人が見れば、たぶんもっと質を上げられる部分があるけれど、それが全部通っていくんです。楽にお金を稼げるなと思ったのですが、同時に「このままだと止まる」とも思いました。私はまだ31歳だし、5年、10年と先を長く考えると、自分をちゃんと高めたいという気持ちが強くなったんです。自分でどんどんいろいろなことをやれるように、もう一度東京に来ました。

ただ、夫は大樹町で働いていますし、住民票なども全部移していないんです。会社の登記も地元にしています。地元でもちゃんと仕事をして、人もちゃんと雇用して、町にいろいろと貢献した上で「じゃあ、私、行ってくる」と言って、東京に来ました。東京でいろいろなご縁を繋ぐことや、私自身のスキルが上がることで、地元に返せるものがもっと増えるので、良い選択かなと思います。

 

日野:地元で稼ぐだけではダメだと思ったんですか?

 

中神:そこに自分の納得感が無かったんです。お金が稼げるには稼げるのですが、自分が納得できるレベルのものを出し続ける為には、やはり私は、東京で揉まれながらやった方が良さそうだなと今は感じています。

 

日野:なるほど。山中さんは、ニートから脱出して、まずは、どういうところで働いたんですか?

 

山中:webの編集を主にやるベンチャー起業ですね。

 

日野:元々そういう事をやりたかったんですか?

 

山中:いいえ、それしかやれないと思っていたんです。人と接することが本当に苦手で、何かに必要以上に不安を感じてしまう社会不安障害と診断され、日常生活に支障が出るほどでした。

 

日野:今では、コンサルタントの仕事もされていますが、克服したということですか?

 

山中:どうなんでしょうか。今でもやはり緊張はしますが、強みにもなっています。人の気持ちを考えてしまうから、それが悪い方向に出るとすごく緊張するし、良い方へ出ると共感を持ってカウンセリングができます。

最初は人と接する仕事はできないなと思っていたので、人と接することのない仕事を探していて、編集者やライターを選びました。始めてみてわかったんですが、編集者やライターはとても人に会うし、知らない人とたくさん話す仕事でした。でも、毎回知らない人に会ってインタビューするという経験が良いリハビリになって、だんだん人と接することもできるようになったんです。

リハビリを積んで、人と接することがだいぶできるようになったのですが、楽しくはありませんでした。マイナスじゃなくてゼロまではいくのだけれど、それ以上のプラスにはなっていなかったんです。楽しいと思えるようになるにはどうしたらよいのだろう?と考えた時に、何かいろいろな経験をしたいなと思いました。その時は、最初に勤めたベンチャー企業から転職してNPO法人で働いていたのですが、どうもゼロ以上にはいけそうにないのです。もっといろいろな人に会って、いろいろな経験をする為に、フリーになりました。

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日野:今は、いろいろな仕事をしてらっしゃいますが、そのスキルは前職で身に付けていったんですか?

 

山中:そういうものもあるし、でもそうでないものもあります。自分で「これをやる」と言っただけでは、正直言って、仕事は全然ないです。でも、「僕は働きかた編集者です」と言うと、SNSなどの人脈でつながっていた人が、「そしたらこういう仕事があるよ」と向こうから持って来てくれます。特に、田舎や地方ではそういう仕事の生まれ方が多いのではないでしょうか。その為に自分自身をブランディングする必要があります。ありふれた職業でも、3つくらい掛け合わせたら、オリジナルになります。僕は、戦略的にそう考えて、「キャリア」と「ソーシャル」と「編集」を掛け合わせて今のポジションに至りました。その上で、facebookで発信したら、知っている人から仕事が来る、という感じです。

 

日野:なるほど。では最後にほんまさん。十日町に移住し、起業するに至った経緯を教えてください。

 

ほんま:十日町市に移住するまでは、金融の仕事を4年くらいやっていたのですが、このまま続けるのはどうだろう?と思っていました。転職も考えてDTPの資格を取ってみたりもしたのですが、資格取得後もそれを活かして何かをすることはありませんでした。

そんな時期に、参加したイベントで、地方で生業を作る女性の話や、その人たちがすごくたくさん稼げているわけじゃないのだけれども心豊かな暮らしをしているという話を聞いて、「自分もこういう生き方ができるかもしれないな」という可能性を感じました。

いろいろと調べてみて、地域おこし協力隊という制度を知り、任期中に自分の生業を作ることに挑戦してみようと思いました。全国各地で協力隊を募集していたのですが、クリエイティブなことをしたいと思っていたので、「アートの街」で検索してみると、芸術祭を3年に1回開催している十日町市が出てきました。他にもアートが盛んな地域はあるのですが、まずは東京に通える距離が良かったので、十日町市が合うなと思いました。初めは定住する気もなくて、いずれは東京との2拠点生活もできるかもしれないなと思っていたのですが、住んでみると意外と面白い人がいっぱいいて、とりあえず住み続けてみることにしました。

 

自分の人生をコントロールする生き方


日野:皆さんそれぞれサラリーマン時代があったわけですが、今の働き方と比べて良い面と悪い面を教えてください。

 

山中:良い面は、人生を自分でコントロールできている感じがあることです。本当に自分がやりたいなと思えることをやり、この人といたいなあと思える人と一緒にいられるようになったので、自分の人生を自分でコントロールできている感じがします。

一方で、個人的に難点だと感じるのは、自分が何者かを自分の実績などで説明しなくてはいけないことです。フリーになると、社名が肩書にはなりませんし、何をしているのかを自分で説明しなきゃいけないのですよ。名前が売れない。こういう場に来ても、私はこういうことをやっていて、こういう実績を上げています、と自分で説明しなきゃいけない、という大変さはあります。

 

ほんま:良い点は、山中さんと同じように、コントロールできるということです。私は朝がすごく苦手なので、自分で働ける時間をコントロールできるというのは大きいです。パートナーも、自分で働き方を選べる仕事をしているので、お互い働き方と時間をコントロールできるというのはすごく良いなと思います。

悪い面は、「休みがない」ということです。休みを作りたいのですが、やらないと罪悪感があるし、納期が迫っているのに、ここで休むわけにはいかないと思ってしまいます。休んで遊びに行っているところを、納期が迫っているクライアントさんに見られると、ちょっと気が引けます。切り替えが難しいですね。

 

中神:個人で働いてみて良い面は、稼ぎ方はいくらでもあるとわかったので、将来に対しての不安が無くなりました。正直、1社目を辞めた時は、今のお給料がなくなって、本当に生きていけるの?と不安でした。でも、日本に住んでいたら、まず死ぬことはないし、本当にどんなことでもお仕事になるなと思ったんです。もし2-3年後に子どもができたら、海外に1年くらい移住したいんですが、海外に行っても何かしら仕事を作れるなと思えるようになりました。そういう変な自信がつきましたね。

悪い面は、「組織だからこそできること」ができないことです。本当におもしろいことをガツンとやりたいなと思った時に、個人では、ある程度使える人員とお金とその他の資産の限界があります。組織は、そういう面では自由なのですね。一度、フリーとして個人で働いてみたからこそ、組織の自由にも気づきました。

 

 

それぞれの、これからの生き方・働きかた


日野:最後に、これからどういう生き方や働き方をしていきたいかを教えてください。

 

ほんま:私は、入籍予定なのですが、パートナーと一緒に仕事がしたいです。私はパートナーとの時間を大切にしたいし、子どもができたら子どもとの時間も大切にしたいです。一緒に仕事をしていたら、仕事の間も共に過ごせるので、家族と仕事のバランスを取れると思います。尚且つ、1つの場所に留まるのではなく、各地にいる仲間の元を訪れて、新しいコミュニティをつくり、視野を広げていきたいです。

 

山中:3人とも一緒なのかなと思うのですが、そんなに先のことを考えていません。僕の場合は、3年スパンで、何をしようかな?と考えるようにしています。今は29歳なので、32歳くらいまでの3年間に、いろいろな仕事をやって、いろいろな所へ行って、いろいろな人と会って、自分の可能性を広げたいと思っています。お金ではない、経験などの無形資産をいっぱい貯めたいです。3年後どうなっているかはわかりませんが、とりあえず今はそんな感じで生きようと思っています。

 

中神:まずは、北海道と東京の2拠点を、ちゃんと成功させたいです。それ自体が実験なのですが、1年くらいちゃんとやりたいと思っています。夫を地元に置いてきているので、普通に考えたら最低な妻だと思われるのですよ。でも自由奔放な妻でありたいので、誰がどう見ているかはあまり考えずにいこうと思います。

あと、私は、移動距離は大きい方がクリエイティビティは上がると思っています。たくさん移動すれはするほど、いっぱい発想が生まれるので、私は人より移動が多い生き方や働き方をしたいです。移動が多いと、だんだんと世界が小さく見えてきます。慣れてくると、地域に飛び込むことや移動することに、そんなにすごい覚悟は要らない気がしています。そういう風にどんどん世界が小さくなってくると、楽しそうだなと思っているので、そういう生き方をしていきたいです。IMG_6091