にいがたライフスタイルカフェ2017 レポート VOL.4-伝統をつなぐ仕事

IMG_0383


 

伝統として続いているものには、脈々と受け継がれてきた技や様式の重みと、継ぎ手や繋ぎ手がいないことで消えてしまうかもしれないという儚さがあります。

国内外で再び注目を集めている日本の工芸品が作られている現場では、伝統に向き合いながらも新たなものづくりも始まっています。

今回は、伝統を活かしながら、個性あるものづくりを始めている3名にお話を伺いました。


 

IMG_0412 

池山:新潟県長岡市小国町で『小国和紙』という手漉き和紙を使った雑貨を作っています。オリガミデザインの池山崇宏と申します。

小国町はすごく雪深く、多いときで3メートルくらい積雪があります。そんな町で作られている伝統的な手漉き和紙で新しいものを作ろうと思いまして、お家型のライトや折り紙でできたカードケースなどを作っています。

もともとは長岡造形大学で工業デザインを研究していました。卒業後に金型を作る工場に入って6年ぐらい金型作っていたんですけど、中国での金型の生産が盛んになってきたので、だんだん日本での金型の仕事はなくなるのではないかと思っていました。その影響もあって、大学院で工業デザインを勉強し直して、地元の伝統的な素材を使ってなにかやろうと思い、小国和紙の用途開発を始めました。

 

 

林:宮城県石巻市から参りました、林貴俊と申します。

昭和5年創業で祖父の代から続く有限会社林屋呉服店の順当にいけば3代目です。今は、こけし作家という肩書も持っています。

地元の石巻高校から大学に進学し、呉服屋という家業がなかなか落ち着かない時期だったので、安定を求めて公務員を目指していたのですが、なかなかうまくいかず、臨時職員や飲食店などでのバイトを経て、平成19年に石巻に戻って実家の呉服屋で働き始めました。

そして、震災後に、『石巻こけし』という創作こけしをつくり始めました。港町や海をイメージさせる赤青白のトリコロールカラーを使って作っているこけしです。

平成21年の春にTree Tree Ishinomakiという屋号でこけし屋をオープンしました。最初はどうなるかと思っていたんですが、こけし好きな人のSNSや新聞・テレビでずいぶん取り上げていただいて広まっていきました。全国こけしコンクールで入賞したのをきっかけに、企業の方からもオーダーを頂戴するようになりまして、国内外で販売や展示もし、少しずつ大きくなっています。

 

田山:岩手県の盛岡市から来ました、田山です。伝統工芸品として経済産業省に指定されている『南部鉄器』を作っています。

僕は、岩手県盛岡市出身で、父親も南部鉄器の職人をしています。大学で東京に出て、そのまま東京で就職し、食品メーカーの営業として約6年勤めた後、2012年にサラリーマンを辞めて、岩手にUターンをして職人になりました。

今は、職人とタヤマスタジオという株式会社の代表をしています。南部鉄器業界の現状を良くしていきたいと思っているんですが、現状を良くしたいということは、現状のどこかを否定するという意味でもあります。それをわかった上で自分の責任で動くために、父の元を離れて株式会社を新たに立ち上げました。今は、職人3人と経営企画のメンバー3人、他の仕事もしながら関わっている人1人の、計8人で動いています。

海外でお茶の文化のあるところでは、鉄瓶で沸かすお湯で入れたお茶が美味しいと最近話題になっていて、輸出が増えています。

8月に新しい鉄瓶屋としての価値提供を目的として「kanakeno」というブランドを立ち上げました。まず第一弾として『上質な白湯を提供する』ことを訴えて、鉄瓶をブランド展開しています。

 

 

「伝統」と関わる、それぞれのきっかけ


日野:それぞれ、なぜこの仕事始めたのか、きっかけを教えてください。

池山さんは、和紙とはどうやって出会ったんですか?

IMG_0375

 

池山:大学院に入り直したときに建築の分野の学生さんで和紙を建材に応用できないかという研究をしている人がいて、興味があったので、小国和紙生産組合に見学にいきたいとお願いしたのがきっかけですね。

 

日野:そこで出会って、他に用途があるんじゃないかと製作を始めたんですか?

 

池山:できるかできないかは、ちょっと分からなかったんですけど、紙をくしゃくしゃにしていじっていたらなんとか形になったんです。

 

日野:大学院で研究を始めた頃は、仕事にする気はなかったのではないかと思うのですが、「これ売れるな」「これ売りたいな」と思ったきっかけは何ですか?

 

池山:一番初めにできた形がカードケースなんですが、それを作ったときに、なんか面白いし見たこともないのでいけるかなと感じました。

 

日野:織り方も池山さんが考えたんですか?

 

池山:そうですね。大体2週間くらい、朝まで晩までやるとできるという感じでしたね。カードケースの他に、鞄っぽいものなどいろんなものを折り紙で作ったんですよ。

 

日野:なるほど。林さんは実家が呉服屋ということですが、どこでこけしづくりに出会って、始めるに至ったんですか?

 

林:うちの呉服屋のある立町通り商店街は、郊外型のショッピングセンターに押されてどんどん衰退しています。私が10年前に店を手伝うようになったときもだいぶ危ない状態で、商店街も自分自身も何か新しいことをしなくちゃいけないと思いました。そんな時期に、震災が起きて、商店街に人が来なくなるどころか、店がどんどんなくなっていきました。でも、その代わり、県外から視察で来る人がすごく増えた。その人たちに話を聞くと、「立町通り商店街はお金を落とすところがないね」と言うんです。これはもったいないなと思い、そういう人たち向けに何か新しい商売しようと、宿やカフェや新しいお土産品づくりなどいろいろと構想していたときに、たまたま山形の工芸店に仕入にいきました。そこにはいろいろな工芸品が並ぶと共に、伝統こけしが飾ってあったんです。そして、その伝統こけしの隣に『きのこなこけし』という、きのこの形をしたこけしがありました。それが、私の持っていたこけしのイメージとはすごくかけ離れていて、ポップでかわいらしいこけしだったんです。「え、こけしってこんなことやっていいんだ」と思い、石巻のイメージをこけしに落とし込んで販売したら、良いお土産品になるし、意外と売れるんじゃないかと思ったところから石巻こけしのアイデアが生まれて、作り始めたんです。

 

 

日野:作り始めるにしても、全くやったことがなかったんですよね。どうやって、できるようになったんですか。

 

林:大体、構想に3年ぐらいはかけました。8割方独学なんですけど、東北の各地で開催されているこけしのイベントや工房に行って職人さんに話を聞きました。職人さんの反応もいろいろでしたね。秘密にして教えてくれない人もいましたし、作る工程を一通り、ビデオで撮らせてくれる人もいました。あと海外の動画なんですが、刃物の使い方とか木の削り方がYoutubeに出ていまして、それを参考にして、現在に至ります。

今は顔もだいぶ落ち着いてかわいらしい顔になっていますが、最初の頃の作品は今見ると本当恥ずかしいです。よくこれで販売しようと思ったなっていうぐらいの顔なんです。でも、売れ始めて、こけしもいい顔になったなと思っています。

 

日野:田山さんは、どういうきっかけで、Uターンして継ごうと思ったんですか?

 

田山氏:私の母方の祖父が岩手県にある、早池峰神楽の長老をしていたんです。諸説あるんですけど、室町時代から続いてる神楽でユネスコの無形文化遺産にも指定されています。神楽はそれで飯が食えるわけでもなく、やってもやらなくてもいいものです。でも、祖父が亡くなったときに、いくつかの舞が世の中から消えたということを聞いて、無くなるともったいないなと思ったんです。父親も後継者不足に陥っている伝統的な工芸に携わっていて、無くなるともったいないものの真っ只中にいたんですね。東京でサラリーマンをしながら、外側から岩手を見てみると、岩手ではありふれているものが良いものだったのだなということに気づきました。例えば、食べ物でも岩手で食べると美味しいのに、東京で食べるとまずいものがたくさんあります。年を重ねたこともあって、父親がやっていることも、ありふれていると分からなかったけれど、なんか良いなと思うようになりました。無くなったら無くなったで誰も困らないんでしょうけど、そういうものが無くなった世の中ってなんかつまらないだろうなと思ったんですよね。そんなことを無意識のうちに考えていて、「自分にしかできないことは何かな」と思うようになりました。サラリーマンとして代わりにできる人がいる仕事よりも、一生涯楽しく自分にしかできないことがあるのであればやりたいなと考えていたことや震災が起きたことも後押ししてUターンして職人になりました。

 

 

「伝統」と向き合って、新しいものをつくる


日野:皆さんそれぞれ、伝統を「継ぐ」や「繋ぐ」など、伝統を生かした仕事をやっていると思います。伝統生かしつつ新しいことにもチャレンジをしているのが3人の共通点だと思うのですが、伝統を残すと同時に新しいものを始める上で、気を付けてることはありますか?

 

池山:新潟県の手漉き和紙の業界は産業規模は他の産地と比べるとかなり小さいです。そういう意味ではあんまり強い指導者もいないので、わりと自由にやっています。でも、そうじゃないところも当然ありますね。親方が厳しいところは話にも結構聞きます。

IMG_0376

 

日野:池山さんが関わっているところは、寛容に新しいことを受け入れてくれるところなんですね。

 

池山氏:そうですね。基準がないので、クオリティに差もあるんですが、好き勝手にできるので、私はありがたいなと思っています。

 

日野:こけし業界にも協会などがありそうですが、林さんはどのように関わっているんですか。

 

林:そもそもが、うちのこけしは伝統こけしではなく創作こけしという部類に入っているので、自由にやっていいこけしなんです。伝統こけしは国や県から伝統工芸品に指定されているので、なかなか新しいことができないと思います。私は、伝統工芸品を目指している部分も確かにあるんですけども、デザインなど伝統こけしと同じことしないように気を付けています。伝統こけしに準ずる作業もありますし、染料も同じものを使っているんですけれども、やはり新しいものをつくるように気を付けています。

 

日野:全く同じものは作らないと。逆によせないように意識しているということですか?

 

林:でも、皆さん、こけしは大体こんな形だというイメージを持っていると思うので、そのイメージに似せるようにはしてますね。

 

日野:なるほど。その中で自分の新しい作品を生み出していると。

 

 

林:そうですね。

 

司会:田山さんはどうですか?タヤマスタジオを立ち上げて、自分の責任でやってらっしゃると思うのですが。

 

田山:そうですね。僕は、伝統から外れることも含めて、新しいこともやろうと思っています。でも、まずはこてこての伝統をやって周りを納得させて、その上でいろいろやっています。そうすると、何も言われないというのが今の結果です。南部鉄器は、南部鉄器協同組合が商標を取っているので、事業者が組合に属していないと、南部鉄器を名乗れないんです。組合に加盟しないと商売ができないので、組合の人たちとはしっかりお付き合いをして、伝統的なことを理解する、伝統的なものを作る、ということをやってきました。そうすると、異例だと思うんですが、2年目で理事からの承認を得て組合に加盟できました。伝統的な部分も理解していると、やっていることが多少変なことでも目をつぶってくれます。

 

 

これから地方で「伝統」に関わるかもしれない人たちへ


日野:皆さんのような働き方に関心のある方たちが、今日は来て下さっていると思うので、もし地方で何か始めようとしたときに気を付けなきゃいけないことがあれば、最後に教えてください。

 

池山:あまり、怠けないでやることだと。そういう一般的なことしか思いつかないです。

 

田山:地方はどちらかというと、昔ながらの習慣みたいのものが残っていると思うで、順番を間違えないことだなと思います。特に職人は感情的になりやすいので、伝える順番や、どこから情報が聞こえてくるかは大事です。

 

林:新しいこと始めようとして、いろいろアイデアをお持ちだと思うんですけど、それを誰かに相談して、「いいね、いいね」という話ばかりを受け止めないで、「これはどうなの」という、不安要素を出してもらって、それを一つ一つ解決するのがいいと思います。その心配要素を一つずつ消していくのが始めるのに必要かなとは思いますね。