にいがたライフスタイルカフェ2017 レポート VOL.5-期間限定移住-

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興味のある土地、興味のある仕事に出会っても、一度移り住んだら、簡単には他の地に移動できない気がして、少し腰が重くなってしまいます。自分の直感を信じて、わからないところに飛び込む為に、期間を決めて移住してみるのも一つの手かもしれません。

様々な仕組みを利用して「期間限定移住」を実践する方々と、その仕組みを支える方にお話を伺いました。


 

 

 

 

高橋:皆さんはじめまして、高橋要と申します。僕は山形県出身で今は福井県福井市に暮らしています。22歳ぐらいまで山形で過ごし、その後新潟に4年、京都に1年半暮らし、今は福井市の地域おこし協力隊として活動しています。新潟にいるときには、にいがたイナカレッジの長期インターンシッププログラムを活用して、1年間長岡市の木沢集落で暮らしました。そして今は、3年の任期で地域おこし協力隊として福井市に暮らしています。

今、僕が活動している福井市の殿下地区は、人口450人ぐらいの集落です。僕は協力隊として、農家レストランの手伝いや、地域づくり団体の事務局、地区の情報発信、あとは外の人達を呼び込むイベントの企画をしながら、地区住民としての暮らしも楽しんでいるというような状態です。

僕がこういう生き方をしているのには、新潟時代の思い出がすごく大きく影響しています。教員を目指して大学院に入学したことをきっかけに移り住んだ新潟で、長岡市の木沢集落に通うようになりました。木沢集落は30世帯70人ぐらいの小さな集落ですが、お年寄りでも何かしらの生きがいを見出して生活している方が多いです。そんな人たちとの出会いから、大学院修了後に1年間、地元の地域づくりの団体の一員として畑づくりや体験交流宿泊施設の管理などをしながら、木沢集落に暮らしました。

その後、京都で青少年支援の仕事をしていたんですが、地域づくりに関わる生き方がしたいなという思いも生まれていたので、より自分らしく生きるために踏ん切りをつけて、今は地域おこし協力隊として福井市で活動しています。

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須賀:こんばんは。須賀百合香と申します。私は、去年の7月に生産加工会社の株式会社鮮冷に転職して、宮城県女川町で働いています。女川町は仙台市から車で1時間半ほど走ったところにあります。2011年の東日本大震災ですごく大きな影響を受けた地域で、人口減少も激しいです。

もともと私は、栃木県宇都宮市生まれで、大学卒業後に、大塚製薬の営業部に入社しました。最初の配属が仙台支店だったので2015年まで仙台に住んでいました。その後、東京本社で1年半マーケティングの部署にいたんですが、仙台で過ごした時期のことが忘れられずにいました。

転職のきっかけは、「YOSOMON!」という期間限定の転職を斡旋している求人サイトを通して今の会社を知ったことです。現在は、東京から女川に移住して会社の寮に住んでいます。水産加工品会社で、主に築地などに出荷する鮮魚、海外に輸出する冷凍品あとは加工品や都内のスーパーで販売する商品の商談に行く仕事をしています。あとは営業のツール作りや社内の新規プロジェクトの立ち上げをしています。

 

伊藤:みなさん、こんばんは。 NPO 法人 ETICで働いています、伊藤順平と申します。

私はお二人とちょっと違って、今現在東京で仕事をしております。東京生まれの東京育ちで、地域とはなかなかご縁がない中で育ってきたんですが、今は、期間限定で地域の企業に転職してチャレンジをする「YOSOMON!」プロジェクトを担当しています。自分自身もそうだったんですが、地域の企業に転職するとなると、永久的にそこにいなきゃいけないんじゃないかと思ってしまいがちです。でも、ひとまず期間限定であれば地域の企業に入りたいという人もいるんじゃないかなと思っています。そういう人たちに、何かチャレンジしたいことのあるアツい地域の企業を紹介しています。

自分自身は、大学卒業後6年間会社勤めをしていたんですが、ちょうど30歳になった年に、「なんでこの仕事をしているんだろうな」とふと考える瞬間がありました。このままではちょっとまずいなと思ったので、とりあえず仕事を辞めました。そうすると、当たり前なんですが、今日も明日もどこに行ってもいいし、何の仕事をしてもいいという状況になって、自分の人生を取り戻した感覚がありました。6年間会社で働いている間にその感覚を忘れていたなあということを、強烈に思ったのが印象に残っています。

そして、じゃあ自分は次のステップで何をしようかなと考えた時に、自分の感覚を大事に生き方や働き方を選んでいく人が増えたら良さそうだなということと、お金のためだけに働くのでは、頑張りきれないなということを思ったので、少しソーシャルな方向に行こうと考えて、ETICに入りました。ですから、私自身はもともと、地域活性をしたいとか、地域を元気にしたいという思いはあまり持っていません。どちらかというとその人がその人らしく楽しく働けるひとつの現場が地域にありそうだなと思いながら、仕事をしています。

 

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実験的に暮らす、働く


 

日野:「YOSOMON!」のように、あえて就業の期間を限定することで、企業側のメリットはあるんですか?

 

伊藤:企業側へのメリットを理解してもらうのは大変でした。現場では長く働いてほしいという声が圧倒的に多いです。でも、1つのメリットとしては、企業としてチャレンジングな事業に必要な人材を見つけることができます。「YOSOMON!」で募集するポジションは、通常の求人に出すようなものはお断りしています。その人が入ることで、今までやってみたかったけどできなかったチャレンジができるようになる攻めのポジションを作って募集をかけているんです。まず1年チャレンジしてみて、上手くいくこともあればそうでないこともあるかもしれません。人との相性なども含めて期間が終わったらお別れすることもできます。結婚ではなく、同棲期間のようなものですと、お伝えしています。

 

日野:実験なんですね。では、実際に「YOSOMON!」での転職を選んだ須賀さんは、なぜ期間限定の転職をしようと思ったんですか?

 

須賀:私は新入社員で配属されたのが、石巻と女川でした。その時の思い入れが強く残っていて、東京本社に移ってからも、東北に関わる仕事がしたいという思いを持っていました。どうすれば東北に関わりながら自分の惹かれるポジションの仕事ができるのか考えていた頃に、「YOSOMON!」で今勤めている会社が海外営業のポジションを募集しているという情報を見つけて衝撃を受けました。今まで、地域の会社は工場勤務や事務という採用が一般的だと思っていたので、海外営業というポジションに驚きました。地域の商材を海外に出していくということも惹かれましたし、それが期間限定で採用募集していたのでチャレンジする環境としてものすごくいいなと思って飛び込んでみました。

 

日野:どこに期間限定の良さを感じたんですか?

 

須賀:個人としては、すごくチャレンジしやすいところです。任期が最低1年ではあるんですけれど、お互いの声を聞いて継続して働くことも出来ますし、働き方を変えていくこともできると思っています。

 

日野:お互いに実験ということですか?

 

須賀:そうですね。これからどういったモデルケースを作っていけるかと、 みんなが思っていると思います。

 

日野:高橋さんは、まさに期間限定で各地域を渡り歩いていますが、期間限定の良さは何かありますか?

 

高橋:地域おこし協力隊として今いる福井とインターン生としていた新潟では性質が違うと思いますが、新潟にいる当時は、教員になりたいという思いもあって、結構揺れていた時期だったので、1年間という期間が決まっていたのが僕にとっても良かったなと思います。これがもし2年や3年だったら、躊躇して行っていなかったかもしれません。1年後にまた意思決定できるというのはすごく大きかったかなと思います。

インターンでも地域おこし協力隊でも、ある程度区切りがあって、期間終了後に残るか離れるか意思決定できるというのは挑戦しやすさを生んでいるんじゃないかと思います。

 

日野:木沢集落は期間限定だから挑戦できたということですが、福井の場合は期間限定だからというわけではないんですか?

 

高橋:そうですね。ゆくゆくは地域づくりの分野で仕事をしたいと思っていました。そのためにちゃんと自分でも実績を作らなきゃと思っていた時に、たまたま僕が行きたい地区が協力隊を募集していたんです。協力隊という制度のお陰で、3年間とりあえず食べていけるだけの給料もあるし、挑戦しやすい環境が用意されているのがすごく良かったです。

 

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期間終了後の新たなキャリヤや関係性


日野:今まで期間限定で暮らすことや働くことのメリットを聞いたんですが、逆にデメリットだと思うことはありますか?

 

伊藤:僕自身、チャレンジをしている人間ではないのですが、一般的なキャリアの積み方からすると期間限定で転職するというのは特殊です。やはりまだまだ一般的な価値観よりも進んでいる価値観だと思うので、いわゆる「きれいな履歴」にはならないかもしれません。自分自身は須賀さんのようなキャリアを歩むことも素晴らしいと思っているんですが、責任も感じています。「YOSOMON!」での経験を経て、また一般的な転職をしようとなると、まだまだその価値が認められてないという気はしています。もちろん、面白いキャリアだねって言ってくれるイケてる企業はたくさんあるんですけれども、日本の大企業に戻ろうと思うと、なかなか理解されないんじゃないかと思っています。

 

日野:一般的市場に戻るのは大変そうだと。須賀さんは当人としていかがですか?

 

須賀:それはあると思います。やっぱり収入は落ちましたし、綺麗事じゃ済まないこともあります。この歳だからできたとも思っています。

ただ、実際に飛び込んでみて、キャリアダウンになったかと言うとそうとも思っていません。今まで自分が商談できなかったような企業とも直接商談ができます。それに、私のようなキャリアを選んだ人材を必要としないような価値観を持っている会社にはいかないという選択ができるんじゃないかとも思っています。経験を得るために期間限定で収入が下がっていると思えば、大きなデメリットではないですね。

 

日野:なるほど。高橋さんはどうですか?

 

高橋:今、濃く関わっているコミュニティとの関係性はどうなるのかなと思っています。期間が終わって、離れた後のコミュニティとの関わり方で、僕の人間性が試されているんだろうなというのは思いますね。デメリットじゃないかもしれないですが、離れても今までの関係をなかったことにはできないので、その人たちとの繋がりやその人たちへの愛情をどのように表現していくのかは考えなくちゃいけないなと思います。

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自分に合った場所で、自分に合った働き方を


日野:最後に、それぞれの立場から、これからどういう働き方をイメージしてるのかというのを聞きしたいです。

 

伊藤:自分自身の中でまだ模索中なんですけど、ひとつ明確なのは、これからは大きな会社に100%属して、言われた仕事をただやるような働き方はしないだろうなと思っています。

その為には、何かしら、自分自身が個として力になるものを磨いていかなければと思っています。独立して自分の会社を起こすということではなくて、いくつか仕事をしながら、自分が面白いなと思えることをやって、必要最低限のお金を稼いで生きていけたらなと思っています。

 

須賀:私は都市と地方を結ぶようなことをしたいなと思っています。ただ、ライフスタイルやステージによって選択肢を変えてもいいんじゃないかなとも思っています。都市の大企業と地方の企業とでは、収入や働き方に大きな違いがあります。例えば、これから安定の時期に入りたいと思えば、大企業で働くのも良いと思います。いつまで東京で浪費するんだと、最近言われ始めていますが、私は東京で働くことが悪いのではないと思います。守るものができるなど、ライフステージも多様に変化するので、その時の自分に合ったキャリアを歩んでいけたらいいなと思っています。

 

高橋:僕自身は、働く場所や働き方にそこまでこだわりがあるわけではないんです。ただ、見ていたい光景というのはあります。それは、地域のおじちゃんたちとお酒を飲みながら村の未来についてバカみたいに話すっていう光景です。その光景を見られる場所に居続けられる働き方ができたらいいなと思っています。

何か常にそういうところ目指していると言うか、そういう光景を見ながら生きていきたいです。その時に楽しく自分が求められる所に行きたいなと思います。