「あの人に話を聴いたほうが良いよ」
上三光集落でインタビューした方々が口を揃えて仰っていた「あの人」とは、渋谷一也さんのこと。
上三光集落は、新潟県内でもお米が美味しいとされる地域の一つです。そんな上三光集落の中でも長きに渡り稲作に力を入れ、皇室献上米にも選ばれたこともあるのが、一也さん。ご夫婦で、稲作だけでなく、集落のあれこれに積極的に関わってこられたからこそ、語ることのできる上三光での暮らしを伺いました。
足並みを揃えて進む
「宝くじみたいに当たって、天皇陛下にお米を献上しに行ったんです。選ばれたのは、運がよかったんだ。そんなにすごくないんだよ。」
「冥途の土産だね。運がよくて。たまたま新発田市が献上米を担当する年でね。」
一也さんと、奥様の洋子さんは、献上米に選ばれたことに関して、運が良かったと笑いながら語ってくださいました。
「稲作農家は単純だ。『おめさんやるんだったら俺も』って話。見ればわかるけど、ここは、雑草が長く生えている田んぼはねえよ。みんなきれいに刈ってあるのはうちの集落くらいだよ。まめな人だと6回ぐらい刈っている。大変なんだ、きれいに保つの。でも、やっぱり足並み揃えた方がいいから他のところが刈れば、自分のところも刈って、手入れをちゃんとする」と、一也さん。
上三光集落には、誰かが抜きんでて引っ張るというよりも、良いと思う基準に皆が足並みを揃えるように努力する気質があると、一也さんは語ります。毎年、集落内で競走会を開き、米の取れ高の順位をつけているのだそう。競走会後の飲み会の席では、下位の人たちへのアドバイスも自然に行われます。お互いがお互いを見て、良い意味で足並みを揃えようと切磋琢磨しあっている為、同じ人が優勝し続けることはほとんどないのだとか。翌年は、見よう見まねで優勝者の田んぼを真似するので、全体のレベルも上がっていくのだと教えてくださいました。
「群を抜いている人がいると、置き去りになってしまう人が出てくる。そうすると、集落全体がバラバラになるじゃない。集落の中で取り合っても意味ねえ」
リーダーと、それを支える人たち
足並みを揃えるという姿勢は、稲作だけではなく、集落のリーダーとそれを支える人たちの振る舞いにも表れています。
「この集落は、先頭に立った人がこうしようやって言ったら、こぞって反対なんてしねえんさ。争い事にならない。意見が分かれて、五分五分になったら何にもなんない。リーダーがなんかやるとなったら、そっちについて行く。まとまった集落なんでしょう」
上三光集落は居住地で6つの「組」に区切られており、組ごとに6年に1度、集落内での行事の役員を担っていく仕組みになっており、その際には1人のリーダーを立て、そのリーダーに従って役割をこなす。たとえ、リーダーとなった人の経験が浅く、粗があったとしても、周りの人たちが応援して支えるのだという。
「先輩たちも、協力してくれる。そうすると、スムーズに世代交代するの。先輩方が役目を拒まずに来たから、それを見ていた次の世代も自分たちの番になったときは拒まないんさ。一人一人は能力高くないんだけども、みんなが協力してくれる。ありがたいですよ」
小さなコミュニティでの暮らしでは、ご近所づきあいや、上三光集落でいうところの「組」などの活動への参加が暮らしやすさに関係するはずです。そのような関わりを面倒だと感じる方には、少し窮屈な暮らしになるかもしれません。
「そんな集落嫌だっていう人もいるかもしんね。他所から入ってくると、初めは抵抗感があるかもしれないね。でも、暮らしていると馴染んでくる」と、今は次世代のリーダーを支える立場にある一也さんは優しく語ってくださいました。
自分たちの集落を守る
上三光集落でお話を伺っていて驚いたのが、空き家がほとんどないということ。地域課題として空き家問題が取り沙汰されることも多い中、上三光集落では、地域おこし協力隊を受け入れる為の家探しが大変なほど、空いている家がなかったのだそうです。
「若い人がどんと出て行ったっていうのは、聞かないよ」と洋子さん。
日中は街に勤めに出ていても、夜にはこの集落に帰って来て、休みの日や仕事の合間を縫って兼業で農業をしている人も多いこの集落。この集落が地元だからという理由だけではなく、どこかに暮らしやすさや働きやすさを感じているのではないでしょうか。
この集落に留まっている人たちは、自分たちの手で集落を守ろうとしているのです。畑や山が使われなくなってしまうと、鳥獣害も増えます。もし、使わなくなったとしても、その土地を集落外の人に譲るのは、やめてほしいと一也さんは語ります。
「この辺にいる人である程度守るからさ。他の人や業者が入って崩されるのは嫌だね。住んでいる人たちで守っていれば、暮らすにはいい環境になるんじゃないかな。ここに暮らしている人は、それなりに暮らしていけるから暮らしているのであって、不満を持ってはいない。今まで暮らしてきたけど、悪い集落だとは思わない。周りもそう思える環境にしていかないと。『あそこだけピカイチ』では困るから。みんながそう思えないと。旅行で外に行っても、帰ってくるからね。私も、旅行に行っても、他と比べたらきりがないから、あんまり素晴らしい集落は見ねえようにしようと思って」と笑う一也さん。
暮らしている人たちで、自分の集落のことは守っていくとにこやかに語る一也さんからは、柔らかな印象のなかに強い意志と上三光集落への愛着を感じます。どこよりも優れている集落を目指すのではなく、それぞれが、それぞれの暮らしの範囲でで、良いと思える集落を目指しているのです。この飾らない姿勢も、上三光集落の暮らしやすさを生んでいるのかもしれません。
価値のないところから、宝を
そんな上三光集落へやってくる地域おこし協力隊には、どのようなことを期待してらっしゃるのでしょうか。
「今暮らしている人たちが価値のないと感じるところに目をつけて、磨いてみてほしい。宝になるかもしれないからね。馴染めるかどうかは、その人次第。晩ご飯をあちこちで貰えばいい」と、一也さん。お酒の席では、お酒が飲めなくても上手に振る舞うことができれば良い話が聞けるから、顔を出すのが良いと語っていらっしゃいました。
上三光集落が主催する農業体験などのイベントには、集落外の方もたくさん参加されます。洋子さんは、そのイベントごとにも手伝いとして積極的に参加し、多世代と交流をされています。しかし、ご自身を振り返ると、若い時は年上の方と上手くしゃべれないこともあったのだそうです。新しく来る人を迎える立場になった今では、「オープンになっているつもりなんだけど、取っ付きにくかったりするのかな。話しかけようとは思っているんだけど。(地域おこし協力隊は)挨拶をしてくれる人だといいですね」とおっしゃっていました。
新しく来た人に対して、探り探りになってしまうのは仕方のないことです。まずは、挨拶。小さな一歩がその後の関係を築くうえで大きな役割を果たすのでしょう。そして、いつしか良き隣人、良き仲間になることを願います。
大変そうなことや、素晴らしい功績も、サラッと語るのが印象的な一也さん洋子さんご夫婦。この集落には、不器用でも、わからないことだらけでも、『何かをしよう』という意志を持った人を支えてくれる先輩がいるのだと感じさせてくれる時間でした。