「にいがたライフスタイルカフェ 」レポート VOL.3新しい働き方  〜 やってみたい暮らしから考える、地方をこえた働き方 〜

 自分らしいライフスタイルを実現している先輩を招いて、これからの暮らし方について考える「にいがたライフスタイルカフェ」。

 

第三回目のテーマは「新しい働き方」です。Uターン、Iターン、2拠点居住、ノマドライフ…… 選択肢が増え、実践する人たちも急増しています。
とはいえ、実際のところ「新しい働き方」はどんなものなのでしょうか? いつか地方で暮らしたいという想いを叶えたり、やりたいことを突き詰めると起業だったり、日本中を移動しながら自分の理想の暮らしを追い求めたり。多様なキャリアを持つゲスト3名の具体的な働き方だけでなく、自由に暮らすためのヒントも登場します。

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長谷川:本日のモデレーターを務めます、NPO法人ETIC.の長谷川奈月と申します。今回とても申し込みが多くて、 テーブルをなくして席数を増やしたという状況だそうで、沢山の方にお集まりいただいています。では、パネラーの皆様、順番に自己紹介からお願いします。
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皆川 暁洋さん㈱スノーピーク
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皆川:皆川と申します。新潟市出身で、今、スノーピークという会社で働いています。

主にオートキャンプのテントといったものを製造していまして、新潟の三条市、新幹線の駅で言うと燕三条駅を地盤にして活動しています。キャンプ場の中に、社屋があるというような会社です。前職はインターネットの会社でして、転職と同時に新潟に移住しました。スノーピークが成長することで、地場産業を成長させることができる。それが地域活性化につながるのではないかという思いがあって働いています。普段の生活もなるべく自然と一緒に生活できるようにと考えていて、プライベートも楽しみながら、なぜ新潟に行くことになったのかをお話できればいいかなあと思います。よろしくお願いします。

樺沢 敦さん㈱FARM8
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樺沢:樺沢と申します。ファームエイトという会社を立ち上げて仕事をしています。もともと新潟県長岡市の生まれで、そこでずっと暮らしていたのですが、働き方の遷移といったところが今日のテーマかと思います。

大学は名古屋で、自動車のディーラーでバリバリの営業というところから、11年前の中越地震で私の家も被災して長岡に帰って来ました。そして子どもが生まれて、そこからグッと働き方がシフトして、今のスタイルになりつつあります。もともとマーケティングのコンサルタント、NPOの業界、地域作り、地域課題解決といったテーマでお声をかけていただく機会がすごく多くて、両輪でやってきています。そうしていくうちに、両方ともできる会社を作れないかなあと思って、農場がずっとつながっていく、そういった循環が実現できる会社をということでファームエイトを立ち上げました。それ以外のNPOの活動も、ライフワークというかライスワークというか、いくつかの軸を持ってやっています。

林 篤志さん(合同会社パラミタ)
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林:こんにちは。今は、僕は、岩手県の遠野市と、東京を半々ぐらいで動きながら、出張で全国各地を回っているという、本当に根がない暮しをしております。

僕は、非常にアンチ移住派というか…… 移住が目的になっているところに最近違和感を持っていまして。何を言いたいのかというと、「どこで暮らしたいか」「誰と何をしたいのか」「どんな働き方をしたいんだろう」ということが本来は先に来て、それが1番やりやすいところに住めばいいかなあと思っています。

僕の地元は愛知県で、一応サラリーマンとして2年間システムエンジニアとして働いていたんですが、その後はフラッと辞めて東京で働き始めました。そんなときに、仕事の関係で日本の田舎に行くことがすごく多くて、 当時の僕はすごくショックを受けたというか、面白いなと思ったんです。土地も家も余っていてやりたい放題だし、地元のおっちゃんやおばちゃんは何でもできるすごい人たちだったりする。そういう東京にはいないような人たちがいるわけです。だけど、 使わなかったら家も土地も荒れていくわけで、何か活かせないかなあと。東京に戻ったらいろいろやれる連中がいっぱいる、能力を持っている人がいっぱいるんじゃないか。でも、この人たちが日本の地方、そういった田舎に関わっていないのはなんでだろうなと思い始めたのが、こういう業界に足を踏み入れてしまったそもそもです。

この数年は高知の土佐山村という、今は人口が950人しかいない山奥の地域で、起業をするための養成プログラム「土佐山アカデミー」を立ち上げたりしています。実際に地方で仕事がないって決まり文句のように言われますけど、雇用がないだけで、コンテンツはいくらでもある。だから自分で仕事を作れるだろうと。でも、それは 起業だあっ、上場だあっといったむさくるしいものではなくて、自分の生活の延長線上で、自分で稼いで暮らしていくことは、誰でもできると思っています。 僕は、今、自分が不便だなあと思うことから自由になりたいということが、今の仕事の動機になっていますし、自由になれるきっかけみたいなものが、実は地方にある気がしています。

 


ひとりではなく、皆の力でやる。地方だからこそダイナミックな仕事ができる


長谷川: 皆川さんは、東京でも新潟に移住した今も、サラリーマンという雇用形態は変わっていません。 新潟にUターンするまでの経緯をお話いただけますか?

皆川:3年半前まで東京でサラリーマンとして働いていたんですが、僕は4人いる子供のうち2番目がぜんそく持ちということもあり、空気のいいところに行きたいよねとずっと妻と話していました。

ただ、よくある話なんですけど、地方に行ったら仕事がない、あったところで給料が超下がるという壁が僕にもずっとあって、なかなか思い切ることができなかったんです。でも東日本大震災がきっかけで、やりたいことがあるうちにやっておこうと。その時に働いていた会社がベンチャー系でとてもエキサイティングだったので、だから地方でも仕事は熱中できるものがいいなあと思っていました。たまたまその時、僕はスノーピークのテントを使ってキャンプをやり始めた頃で、社長がかなり変わっていることを知って。スノーピーク以外は選択肢になくて、ダメだったらしばらく東京で働こうと思って意気込んでたんですけど、でも「今は募集していません」と言われたんです。ただ僕も困りますと、僕は入りたいんですけどみたいな(笑)。そういうことを言って粘っていたら、人事の方が採用をしない前提なら会ってもいいですよと。何だそれはと思ったんですが(笑) 会えばきっと何かにつながるはずだと思って、半年かけて往復に2万円、5回ほど山の中まで会いに行きました。 それまではインターネット系のスタッフは特にいらないと言われていたんですけど、突然会社の方針が変わって強化することになったらしく、そこから話が急展開に進みました。

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長谷川: 面白い企業、面白い仕事じゃないと転職しないぞというのは、 何か揺らいだりということはありましたか。

皆川:その点は揺らいだことはないですよね。家族を養わなければならないので、ある程度下限値がありますけれど、給料は東京で働いていた頃に比べて下がることも 全然許容できました。それに入ってから給料を上げればいいかなあと思って。今のところまだ未達なのですけれどね。(笑) 僕は面白い仕事をして家族と豊かな生活をすることが目的だったので、面白いと思えない仕事に就くというのは選択肢にはなかったですね。

スノーピークが根ざしている燕三条という地域は、金属加工を中心とした町工場がすごく多いんです。スノーピークは自社工場というよりも、地場の工場さんに協力してもらいながら生産していただいている背景を持っています。僕はずっと若いときから、自分の地元の新潟をどうやったら盛り上げられるんだろうなって悩みながら、やっぱり経済をどうにかしなきゃいけないよなという中で、スノーピークの業績をグッと上げられたら、地元の協力工場にお願いする生産量ももっと増えて、地域全体の経済も活性化するのではないかと。僕だけの力でやれるわけじゃないんですが、そういうダイナミックな動きの一員になれることが大きな魅力であって、働いて3年半、大きなモチベーションを維持している1つの大きな要因です。

 


移住も転職も起業も納得できる自分なりの生き方を模索した結果。


長谷川:樺沢さんはUターン組で、 NPOの活動、会社の経営の両方をされています。その理由を教えていただけますか。もともと起業はご関心があったのですか。

 

樺沢:もともと興味はなかったんですけど、仕事をしていく中で俺が思ってる未来はここじゃないのか、じゃあ、自分の思う通りにやってみてもいいかなと起業した感じです。私も移住のきっかけは、地震とか、いろいろなことがあって帰ったのですが、当時やっていた営業って遊び人が多いのですね。0時ぐらいに仕事の後に飲みに行って、朝9時に出勤してみたいな毎日を過ごしている先輩が続々と離婚していくんです。「おお、1人者はいいぞ」って。その良さもわかるのですが、私はその未来にはたどり着きたくなかった(笑)。この場から離れなきゃいけない、だから移住してきたみたいなところがあります。それなりの営業成績を出していたので、自信を持って帰ってきて、俺が(地元を)何とかしてやるぞぐらいの気持ちでした。

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私は、お二人と違って完全に生まれ故郷の地元に入りました。 最初は普通の会社に転職したのですが、子どもが生まれたときに、子どもの未来をつくっていく活動に興味が強くわいてきて。地域の経済とそういうインフラを作っていく地元の会社で、子育てのことも事業として行っている会社に転職しました。そこで思った事は、NPOの方々がやっている形と、会社として運営して、お金を回しながらやっているのと若干違ったこと。企業は市場がなければ突っ込んでいかない。でもNPOは市場がなくても突っ込んでいくから課題がきちんと見えている。だけどどうしたらいいかわからないというような。でも、そういった地域課題はコンテンツなんじゃないかと思いまして、NPOの世界に金が回る仕組みをつくろうと思って、どっぷりとNPOの世界に入った時期がありまして。でも NPOはお金をもらったら悪人というような価値観が根深くあることも知って、今の会社を作りました。

これからは地域課題がコンテンツになるっていう発想が、多分、私の転機で今の会社の流れになっています。自然、風景、食べ物、雪、いろいろなものは、ある人によってはのどから手が出るほど欲しいものだったりします。それとつなぐだけで成立するという、今のところそんなにうまくいってないのですけれど、何となく絶対の自信があってやっています。

 


「やってみたい暮らし」を思い描く。そこから「新しい働き方」が生まれる。


長谷川: 会社勤めの方にとっても2地域居住は興味深いかと思います。林さん、そもそも2拠点の暮らしはどのような感じなのですか。

 

林:そうですね、僕の場合は移動が多すぎるんですけど。でも 東京は最高の街だと思いますよ。超楽しいじゃないですか。みなさん、東京のどんなところが駄目ですか。

 

会場の男性:早朝の通勤のときに、地下鉄に乗るのですけど。押しつぶされるような感じで……。

 

林: 確かに。満員電車は人権がないよね(笑)。例えば、満員電車に乗らなくていい生活だったら、東京も1つの住む場所として結構いいなと思います。ただ、地方だからこそできることもありますよね。地域はコストがめちゃくちゃ少ないことも魅力です。僕は、この前、遠野に先月家を買ったんです。すごい山奥に、築80年の平屋です。こんなにいらないんだけど庭は1400坪で、熊が出ます(笑)。でも東京だと、通勤に1〜2時間かかる場所じゃないと一軒家が買えなかったりする。地域は場所によっては、タダでもらえる家もあるし、土地だって別に買わなくてもいい。空き家を月に1万2万で借りられたりしますから。新しい働き方は、基本的には「新しい暮らし方」だと思います。新しい暮らし方をしたいから、新しい働き方をしているんだなと。僕は移動が多い時もありますが、1400坪の何もない熊が出る庭でぼーっとしたりとか、一方で渋谷の事務所でわーっと集中して仕事をしたりしています。つまり両方好きなのですよ。僕はいいとこ取りしたいから、両方成立するようになりたいと思ってやっていますね。

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場所にとらわれない働き方。季節に合わせた仕事。地方の可能性は無限大!


林:今日ここに来ている皆さんは消滅可能性都市ってきいたことがあると思いますが、人口が減っていって……というのは自治体が消えるという話ですよね。国敗れて山河ありという言葉のとおり。今まではお金を払っていれば国や自治体が管理して何かやってくれるっていう時代だったけれど、今はよくも悪くも難しくなってきている。 だから、皆さんがやってみたいことを実現しやすい時代になったと思います。なので、先ほど冒頭で、移住を目的にすることに違和感があると言いましたが、 皆さんの「こういう生活をしたいのだよなあ」って思うところ、ビジョンを共感できる人たちが集まっている場所って探せばあると思うんです。「あ、この人と一緒にやったら何か面白そうだな」と思う場所が。とにかく人と会って、仲よくなって、色々とやっていった方がいいのじゃないかなあ。それは新潟なのかもしれないし、新潟じゃない別の地域かもしれないけれど、そういう場所に結果、住めばいいんじゃないかなあと思います。

長谷川:働き方と暮らし方を分けない。地方のほうが境界線をなくしやすいのかもしれないですね。会場から何か質問はありますか?

 

会場男性:僕は今後起業予定なのですが、地域おこしの情報同士がTO-TOになっていないし、実際に届くべき首都圏のところに情報が届いていないことが多いのかなと思っています。パネラーの皆さんはどう思われますか?

 

林:その通りだと思います(笑)。各地でいろいろやっている人たちがいますが、物理的に離れているがゆえに、意外につながっていなかったりとか、単発で同じようなことをやっていて面になっていなかったりする。僕が必要だなと思うのは、例えば、皆川さん、樺沢さんお二人がどっちかって言うと新潟にどっしり構えてやってくださっているがゆえに、新潟という場所があるのだと思うのですけれど、もっと流れている人が増えてもいいなとは思いますね。

ちなみに、人類が定住を始めたのは、約1万年前なのですね。(笑) 定住という概念が、もうなくなってもいいのじゃないかなあと思うんです。ぐるぐる、ぐるぐる日本全国を回って仕事をするような人たちが増えていったときに、世の中が、結構、面白くなるんじゃないかなあ。昔の琵琶法師とか薬屋さんとか、境界線を越えて行き来するような人たちのように、本当に自分たちがやりたいと思ったことを実現するために、場所を選んでそこに行くことはもっとやったらいいなあというふうには思いますね。

 

樺沢:僕も仕事で月に何回も東京に来ていますし、2拠点的な部分はありますね。日常生活は豊かにしつつ、仕事はアグレッシブにできる環境というのは、新潟や岩手といった大都市から2〜300キロぐらいのところで非常にうまく回るのではないかなあというふうに思います。一方で今は企業に勤めているということを考えると、うちの会社に入ってくる中途採用は Iターン、Uターンがものすごく多くて、地元採用者がいないのですよね。やっぱり地方がもっと東京から人を集めたいと思うのであれば、やっぱりそうやってU、Iターンの人が行きたいと思うような企業を育てないと無理だろうなあと思います。本当に地域をぐるぐる回っているような人を獲得できるような、インフラというか、コンテンツというか。

ちょっと思ったのは、林さんの生き方と、田舎の生き方というか、雪国の生き方が結構似ているなと。長岡はすごく雪が降って、特に山古志村は4メートルぐらい降るのですよね。先日、村の床屋のばあちゃんに話をききにいったら、床屋もやっているけれど、田んぼもやっていて、育てている錦鯉はドイツに売っていて、冬は何をしているかというと、「冬なんか寝てるこっつぁん」というんです。1つの仕事でずっと働かなきゃいけないでもなく、でもそうやってしか生きて行けなかった人がいて、街に行けば1年間、ずっと働かなきゃいけないというルールがある。こういうのはもうちょっと無理があるのかも。雪も降るし、夏と冬は全然違う景色だし、交通の便も変わる。そう考えると、二毛作のような働き方を認めていくといいんじゃないかな。

長谷川:今回は多様な働き方やキーワードが出てきました。どうもありがとうございました。


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