ムラに学ぶ、ヒトに学ぶ、自分らしいライフスタイルを実現する。
にいがたライフスタイルカフェ2017 レポート VOL.3 旅の仕事〜地方の旅を仕事にする〜

移住など大きな一歩を踏み出す前に、それまで関わりのなかった地域を知る機会の一つが、旅をしてみることです。旅をして出会った地域や人との関わりが、その後の暮らしに影響を与えることも多分にあります。

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今回は、「旅の仕事」をテーマに、それぞれの『やりたいこと』をもとに、旅に関わる3名にお話を伺いました。

 


 

 

大桃:皆さん、はじめまして。新潟から来ました、大桃理絵と申します。今年の1月に「ゲストハウス なり」という宿を新潟市にオープンいたしました。なりは、空いていた古民家を改装してつくった、素泊まりの宿です。

私は新潟出身で、高校まで新潟市にいて、大学で一度東京に出ました。その後大学を卒業して東京で5年間働き、27歳でその仕事をもうやりきったなぁと思ったので、地元に帰りました。そして、新潟でまた就職をして働いていたのですが、東京と新潟を比べてしまって、物足りなさに悶々としながら3年ほど働きました。でも、30歳になった時に、「もう一度東京へ行こう」と思い、次に何をするかは決めていない状態で仕事を辞めました。そんな時に、友人からゲストハウスの改装を手伝わないかと声を掛けられたことをきっかけに、長野県の古民家の改装とゲストハウスのスタッフを経験して、「自分でもやってみよう」と思い、東京に行くのをやめて地元に帰り、宿を始めました。IMG_9742

 

日野:なぜ、実際に自分でもゲストハウスをやってみようと思ったのですか?

 

大桃:私が手伝ったのは、長野県の下諏訪にある「マスヤゲストハウス」という宿です。デザイナーさんや大工さんの他に、改装に興味のある人たちで集まって、築150年の古民家を3ヶ月かけて改装したできた宿です。改装中の古民家に住み込んで作業をしました。

改装期間中は、いろいろな人が手伝いに来てくれて、みんなで一緒に食事をしたり作業をしたりしながら過ごしていているうちに、「あっゲストハウスってこういう事なのかな?」と思い始めたんです。自分が住みながらいろいろな人を招いて、毎日違う人たちと過ごしていくっていうのが、仕事になるのだなぁと気づきました。私はそれまで、会社員しかした事がなかったので、家があって、通勤して、職場に行くっていうのが当たり前だと思っていました。でも、ゲストハウスは「自分の住んでいるところ=職場」で一石二鳥。それに、みんなでご飯を作って食べたりするので、生活リズムもきちんとできて良いなぁと思い始めて、完成したゲストハウスで1年間働かせてもらう事に決めました。

 

宿泊をしに来た方たちに「地元は新潟なんですよ」って話をすると、「新潟には行った事がないんだよね」という方がほとんどでした。それにすごくびっくりしました。私は、「つまんないなぁ」と思って新潟を出たんですが、「行ったことがない」と言われるとちょっと悔しかったんです。そして、よくよく考えると、私は、新潟がつまらない理由を周りのせいにしていたんです。でも、「つまらないと思うなら自分が面白いと思うような場所を作れば良いんじゃないかな?」と視点が変わってきました。運よく、古民家の改装とゲストハウスの立ち上げのスタッフという貴重な経験をしていたので、この経験を活かさずに、全然違う仕事に就くのは勿体無いという風にも思い始めました。

新潟に面白い場所を作りたいという思いと、下諏訪での貴重な経験を活かしたいという思いが合わさって「新潟にゲストハウスを作って、世界中から人を呼ぶ。新潟の魅力を全国・全世界に発信する」と決め、新潟に戻り「ゲストハウス なり」をつくりました。

 

 

加藤:皆さん、こんばんは。加藤拓馬です。兵庫県出身で今は宮城県の気仙沼に住んでおります。東京の大学に進学し、2011年の3月に卒業しました。4月から東京で働く会社も決まっていたのですが、東日本大震災をきっかけに気仙沼の唐桑半島に移り住み、6年が経ちました。2年前に「まるオフィス」というまちおこし活動をする法人を立ち上げて、代表をやっております。結婚して、家族3人で唐桑半島に住んでいます。僕は純粋に唐桑半島の暮らしは豊かだなぁと感じていて、それをちゃんと持続可能なものにしたいと思い、活動しています。

 

具体的にやっていることをいくつかご紹介すると、まずは漁師体験をやっています。もともとは観光で来た人に漁師体験をやっていたんですが、最近は「じもとまるまるゼミ」という名前で地元の中高生に漁師体験をしてもらっています。農家体験やものづくりなど、ほかの業種にも広げています。

あとは気仙沼市で移住センターの運営、半島(英語でPeninsula)への移住を「Pen.turn(ペンターン)」と称して唐桑半島での生活をブログで発信する、などをしています。IMG_9745

 

日野:新卒で気仙沼に行って、結婚もして、この先もある程度は唐桑半島にいると思うのですが、なぜそこまで思い至ったんですか?

 

加藤:ずっと同じ事をやってきているというよりかは、マイナーチェンジしながら進んできているっていう感覚なので、何か一つのこれといった理由があるわけではないのですが、先ほど少し話した漁師体験を始めたきっかけは、ある漁師さんとの出会いです。その方は60歳くらいなんですが、このまま漁師の数が減り続けると、「日本で魚を捕るやつがいなくなるぞ」という危機感を持っている漁師なんです。全国的にも漁師の数は減っていますが、漁師町と言われている唐桑半島も、20代・30代の漁師が2桁いないんです。

自分が一番危機感を感じるのは、「地元の人に危機感がない事」なんですが、その漁師さんはすごく危機感を持っていて、「この人と何かをやってみたいな」と思い、漁師の暮らしや働きを観光客に伝える漁師体験を始めました。

 

でも、価格設定や企画・集客・案内などを全部自分たちでやっていたので、こちらもだんだん疲弊してきて、漁師さんも飽きてくるんですよ。見ず知らずの観光客に対してのサービスの向上にテンションが上がらなくなってきていました。そんな時に漁師さんと、そもそも誰に漁師の暮らしや働きを伝えたいのか考えたら、「地元の子」だという話になりました。そして、観光客向けから地元の中高生向けの漁師体験にだんだんシフトしてきました。

 

漁師体験を続けていく中で、「俺、漁師になる」って言い始めた子もいます。本当は海が好きだったんだけれども、震災後は、危険なので子どもたちだけで浜に近づいちゃいけなくて、子どもたちの浜離れがすごいんです。今中1の子たちは、震災が起きた時は小学校入学前なので、6年間丸々浜に近づいてない子もいるんです。そういう状況の中で漁師体験を通して、浜が少しずつ身近になるのは大きな意味があると思います。

 

 

伊佐:こんばんは、伊佐知美と申します。大桃さんは、旅をしている人を受け入れる方。加藤さんは1つの新しい体験の旅を提供する方。私はガッツリ旅をしている人だと思ってください。

私は旅が大好きなんですが、旅をするだけでは生きていけない、かもしれないですね。という事で、いろいろと柱を持って生きています。まず、「灯台もと暮らし」という名前のwebメディアを仲間と一緒に運営しながら、個人でライターとフォトグラファーとしても活動をしています。あとは、今日のようなイベント登壇やテレビなどからの取材対応などもしています。さらに、地方で編集者・ライター・フォトグラファーを目指す方を対象に、web上で参加できるライティング講座を開いています。このような生業を、旅をしながらしています。IMG_9728

 

こういう生活をしていると、「フリーランスでしょう」と言われることもあるんですが、私は実は会社員です。仲間と一緒に「株式会社Wasei」を運営しています。ただ、オフィスを持っていなくて、みんな私と同じようなスタイルで働いている編集者、ライター、カメラマンです。「灯台もと暮らし」も「株式会社Wasei」で運営しています。

 

出身は新潟県の見附市ですが、転勤族で各地を転々として、大学卒業後に金融の会社で営業をしていたのですが、私の根幹には「文章を書いて生きていきたい」という思いがありました。そこで、金融業界から転職し、派遣社員として出版社の広告部のアシスタントをしながら、兼業で1本500円のwebライターを始めたのが、私のライターとしてのキャリアのスタートです。それが2014年の3月なので、3年半前です。私も駆け出しです。

 

1本500円だったものが真面目にやっていたら、1本2万円くらいまで上がりました。そうすると、「文章を書きたい」のもっと根底でくすぶっていた「旅に出たい」という気持ちが湧いてきて、世界一周に行く事を決め、今のような働き方になりました。

世界一周中なので、今は、家を持たずに暮らしています。MacとWiFiと電源とカメラと仲間がいれば生きていけるような感じですかね。

 

日野:伊佐さんは、今では転々としながら仕事をしていますが、初めはどのようにライターとしての仕事をつくり、仲間と会社をつくるまでに至ったんですか?

 

伊佐:ライターになりたかったんですが、雑誌で書く機会を得るのが難しかったので、webで書けるところを探していた時に、新しくできるwebメディアのライター募集を見つけて、応募したのが始まりです。

そして、そこで書いた記事を持って他のメディアのライターや編集募集に応募して、原稿料が500円から1,000円、1,000円から2,000円と上がっていきました。週5で準社員として出版社でアシスタントをしながら、兼業で1ヶ月に100本くらい記事を書いていた時期もあります。とにかく地道に応募して書いていました。ライターになりたかったので、ただ書ければなんでも良いと思っていたんです。

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でも、世の中のwebメディアのビジネスモデルはアクセス数を稼いで広告収入を得るというものが多くて、それが私にはめちゃくちゃしんどかったんです。「誰のために書いてるの?これ」「この写真誰が撮ってるの?」と思い始めて、この文章は私のものなのかというのが分からなくなってきてしまったんです。

地味でも、思いを届ける文章を書きたいと思うようになりました。例えば、大桃さんのゲストハウスを「マジで、格好イイ。はい、皆さんいきましょう!」と紹介するのではなくて、「なんで始めたの?」とか、「何が楽しくて、これから目指すものは?」とか、その決断の裏の思いを表現したくて仲間と一緒に会社をつくりました。

 

得たもの、失ったもの。それぞれの捉え方。


日野:今、旅にまつわる仕事をしていて、良いところも悪いところがあると思いますし、「新卒の会社員という道」や、「自分だけの家」など、捨てたものもいろいろあると思います。それでも得たものを教えてください。失ったものがあれば、それも改めて教えてください。

 

伊佐:私は国公立の高校大学を出て、普通に大手に就職した身なので、こんな風に生きると本当に思っていなかったんですよ。「国公立で金融に就職して安定が一番」っていう考え方から、「自分で仕事を作っていく」に変化したように、好きなものを突き詰めた結果、生活も価値観も変わってきました。

私は好きな事をして生きているので、今がめちゃくちゃ楽しいです。歳を重ねれば重ねるほど楽しい。旅を仕事にすると、普通では出会えない出会いが得られるのが良いなぁと思います。縁が繋がっていく事もあります。実は1年くらい前の改装中に大桃さんには取材をさせてもらっています。そして、今日も一緒になったと。こういう繋がり方がとても好きです。

 

 

加藤:移住も、大きな意味で旅だと思いながら聞いていました。移住して良かった事は、今やっている自分の仕事が、社会の最前線にいるなぁと思えることです。社会の最前線で今すごくもがいています。天候現象にしても、高齢化にしても東京よりも先を行っているんです。三陸で1つモデルケースが作れれば、それは他の地域に輸出できる可能性がありますし、社会全体に貢献できる立ち位置にいます。その途中で、今はもがいているんだという誇りを感じながら仕事ができているので、移住して今もがいている事に対しては良かったと思っています。

その反面、失ったものは、安定ですね。助成金が切れるので、どうやって資金を得ようかなど、考えなきゃ明日生きていけないっていう状況が、毎日続きます。でも、今、みんなそうなのかなとも思います。みんな、30年先も今の自分の仕事がある可能性の方が低いと思っていますよね。安定についても、考え方や捉え方次第だなと思いながら、楽しんでいます。

 

大桃:今は、自分もスタッフも「ゲストハウス なり」に住んでいます。住んでいるところに毎日いろいろな人が来てくれて、お話ができるという日常です。自分は同じ地にいながら、みんなが日本中、世界中の話をしてくれるので、旅をしている気持ちを得られることは、良いなぁと思います。一方で、宿に住んでいるので、「寝る時に目をつぶるまで仕事、目を開けたら仕事」になり、本当に何も考えずにオフになれる時間は無いですね。

でも、私を含めてスタッフが住んでいることで、建物に柔らかい空気が生まれるんですよ。おばあちゃん家みたいな。表現しづらいんですけれども、そういう空気が生まれるので、スタッフが住み込むというのは、続けたいなぁと思っています。

 

 

自分なりの楽しさを持って「やってみる」


日野:最後に、皆さんに向けて、メッセージをお願いします。

 

大桃:「寝る時に目をつぶるまで仕事、目を開けたら仕事」で大変と言ったんですが、ストレスはないです。大変ではありますが、24時間、自分が好きな事をして生きています。皆さんもそういう自分なりの楽しくワクワクする、心が動く事をみつけられたら良いんじゃないかなぁと思います。シンプルに、楽しく生活していく事ができたら良いんじゃないかなと思います。

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伊佐:私はこの仕事を始めたのが27歳と遅かったのですが、海外へ行くと歳を聞かれることもなく、70歳80歳でもジャスバーに来てトランペットを吹いて踊っているおばあちゃんが沢山います。そういうのを見ていて、残りの人生で今が一番若いんだなぁと、思います。限界を決めているのは自分であることもあるので、もし何か始めたいことがある人はやってみたら良いかなと思いますし、失敗したらやり直せば良いです。楽しく生きていきましょう。

 

加藤:今もし何かやろうとしている事があるのであれば、「それをやる事で誰が笑顔になるんだっけ?」と問いながら、何かアクションを起こしていってもらえればなぁと思います。よく、ビジョン、ミッションが必要だと言われますけれども、ビジョン、ミッションがなくても実はアクションが起こせるんです。僕でいうところの、あの漁師さんのように、キーマンがいれば、とりあえずアクションは起こせると思うので、ぜひ何かアクションを起こす事を楽しんでもらえたらなと思います。

 

日野正基
日野正基
イナカレッジ事務局
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