ムラに学ぶ、ヒトに学ぶ、自分らしいライフスタイルを実現する。
木沢で暮らした一か月 【林由里絵】

こんにちは!イナカレッジ事務局の井上です。短期インターンのレポートも最後の地域に。

そろそろ夏休み行った地域が恋しくなってきているでしょうか。季節が変われば地域の風景や野菜も変わります。またみんなにはその変化を感じに来てほしいな、と思っています。

今回のレポートの由里絵ちゃんは、新潟大学の学生。また来れる距離かな。

どんな時も自分なりの楽しさと心地よさを見つけるのが得意な由里絵ちゃんの1か月、ぜひお読みください。

 

1.参加した理由

私がこのインターンシップに参加した理由は、就活だけじゃない将来選択がしたいと思ったからだ。

東京出身の私は、農が近くにある場所で農業を学びたいと思い、新潟の大学に進学した。

3年生になり、どこで就職しどんな職に就くのか、自分の将来に向き合う時間が増えていたけれど、就活といえば職業のことばかりで、私はどこで、どんな人と、暮らしたいのか、という将来のビジョンはなかなか見つけられずにいた。

そこで、中山間地域の木沢で過ごすこのインターンで将来について考えたいと思い、参加を決めた。

 

2.百姓百貨店2017参加者

このインターンに共に取り組んだインターン生は、新潟市で暮らす一つ下のみのりんそして同じ大学の二つ上のさきちゃん。

コーディネーターは昨年の百姓百貨店インターン生でもある有紀さん、木沢と深い関わりのある阿部さん、春日さん、みずほりんの4人だ。

私のインターンは、この6人と木沢集落、そして木沢に関わる人たちによって作り上げられた。そんな一ケ月をここに振り返る。

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3.ミッション

私が過ごした長岡市木沢集落は13年前の中越地震で大きな被害を受け、ボランティアが多く入っていた地域だ。

そんな木沢の人たちと深い交流のあるボランティアの人たち(名誉村民と呼ばれている)が、木沢を想い、木沢に来るきっかけになるような木沢セットの作成、それが私たちのミッションだった。

とは言っても木沢のことをほとんど知らない私たちは最初の二週間、木沢を知ることに重点を置き、ただただ集落の人たちとの時間を大切にして過ごした。

いきなり来た見ず知らずの大学生に木沢の人たちはとても優しく接してくれた。もっとこうした方がいいよとアドバイスをくれる人もいた。沢山お茶のみに誘ってくれたし、遊びにも連れて行ってくれた。

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4. 憧れた暮らし

木沢に来て三日目の夜、隆一さんと総一郎さんから中越地震の時の話を聞いた。

中越地震の時、下から木沢に上がってくる道は全てが崩れ、集落は孤立した。しかし木沢の人たちは家から食料を持ち寄り、発電機を持ち寄り、そして重機を持ち寄り、生活をしながら、自力で道を復興したのだという。

この話をしていた時、二人は何度も「あの時は楽しかったなあ」、「最高だったなあ」と言っていた。

私からすると大変で辛いことが多いように見えるのに、「最高だった」と振り返っている。ああこの人たちはここで自分達の力で生きているんだ、そう思った。

それは普段の生活でもそうだった。シソジュースづくりも、芋ほりも、炭焼きも、餅つきも、隆一さんとするなにかは大抵何かをつくりだすことだった。

シソがあるからジュースをつくってみよう、焼肉がしたいから炭をつくろう、美味しい餅をばあちゃんたちに食べさせたいから餅をつこう。そんな普段考えている○○したい!という気持ちを私たちにも共有させてくれた。

廃校になった小学校のプールを活用したいと言っていた隆一さんと一緒にプールを見に行き活用法を考えたりもした。木沢での体験には常に誰かの「○○したい!」という気持ちがあって存在するものだった。

自然を受け入れ、モノがあふれていなくとも、どんなことにも楽しみを見出して暮らしている姿はとてもかっこよく見えた。

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もう一人、特に私が多くの時間を過ごしたのは栄子さんだ。

私は時間があると栄子さんのおうちに遊びに行き、お喋りをし、ちょっとだけ一緒に農作業をさせてもらったりもした。

80歳を超える栄子さんは機敏な動きをしているかというとそんなことはなかった。でも、鍬を持つその手さばきは私には到底真似できないものだった。

私が行くといつも手作りの茄子漬けや牛乳寒天を出してくれたし、栄子さんが映っている写真を嬉しそうに見せてくれた。

いつも周りの人への感謝を忘れない栄子さんは、木沢が好きだ、ここにいたい、といつも言っていた。

畑をした後には、11月になって一緒に植えた大根と白菜が取れたら一緒に食べようと何度も何度も言ってくれた。栄子さんの日常の中に入れた気がして、そうやって言ってくれることがとても嬉しかった。

栄子さんと一緒にいると栄子さんの暮らしを感じることができた。栄子さんを通して木沢の暮らしを感じることができた。私が栄子さんに惹かれた理由はきっとそこにあるのだと思う。

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もちろんこの二人以外にも、本当に沢山の木沢の人たちに良くしてもらったし、一緒に時間を過ごさせてもらった。

集落を歩いている私たちを見つけるとみんな車のスピードを緩めて話かけてくれたし、通りがかりに里山ハウスに寄ってくれる人もいた。

毎日のご飯は集落の人が分けてくれる食べきれないほどの野菜でとっても豊かだった。

集落の外にご飯やお茶に連れて行ってくれる人もいたし、集落内の素敵な景色が見えるところへ連れて行ってくれる人もいた。沢山の人がおうちに呼んでくれて一緒にお茶のみをしながらお喋りをした。

誘われるとついつい色んなお家に寄ってしまって、夕ご飯の時間になってもお腹が空いていないことの方が多いくらいだった。

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5.「木沢セット2017夏」届けたかったもの

そんなこんなでインターンも終盤に差し掛かり、「木沢セット2017夏」に何を入れるかをぽつぽつと考え出した。コーディネーター4人とインターン生1人という豪華なミーティングで行ったアイディア出しでは、コーディネーターの4人からどんどんアイディアが出てきた。

とっても楽しそうにみんながあれやりたい!これやりたい!と言っている中で考えるのはすごく楽しかったし、共感できることを増えていた。

それでも誰に届けたいのか、が私の中でぼんやりしていてこれだ!という商品はなかなか浮かんでこなかった。ちょっとだけモヤモヤしていた。

そのミーティングが終わって有紀さんと話していた時、「さっきのミーティングでみんなが出したのはそれぞれが欲しいものなのかもね」と言われた。

その時やっと、ああそうか届ける相手は自分でいいんだ、そう思えた。

一ケ月、二ケ月後、私がここでの暮らしから離れた後に欲しいもの、知りたいものは、名誉村民の人たちにも通じるのではないか。

じゃあ私は何がほしくて、何が知りたいのか。一番に出てきたのが木沢の日常だった。私たちが過ごしたこの一ケ月は木沢の日常だった。

大学生3人が集落で生活している一ケ月は木沢の人たちからすると普段とは違う一ケ月だったかもしれないけれど、そこには間違いなく木沢に住む人たちの当たり前が溢れていて、私たちはその当たり前の中で生活することができた。

木沢の人たちが今ここで暮らしている、この日常を届けたい。そう考え、私は木沢セットに撮りためていた木沢の人たちの写真をポストカードにして入れることに決めた。

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6.木沢で過ごして
インターン生として木沢で過ごす最終日の敬老会、これに向けて私たちは歌を練習していた。

当日歌ったのは「北国の春」、靖さんがつくった木沢の歌「美し木沢」、「ふるさと」。この三曲を歌ったとき、木沢に来て初めて涙が止まらなくなった。

私が生まれた土地でも、育った土地でもないけれど、私はここに帰ってきたい、そう思ったら涙が止まらなくなった。ただただ嬉しかった。

そんな風に思える場所ができたことが。この時にはもう今まであった私の将来に対するもやもやは消えてなくなっていたし、私なりのビジョンが見えていた。

大学三年生の夏、ここ木沢集落でみのりんとさきちゃん、有紀さんをはじめとするコーディネーターの4人、木沢の人たちと過ごし、日常を共にできて良かった。

このインターンに参加して良かった。

私は木沢の自然が、四季の移ろいが、木沢にいる人が、木沢集落が大好きだ。

隆一さんに言われたように、このインターンは私たちと木沢集落の始まりでしかないのだから。

これから先もここ木沢で、木沢の人たちと素敵な時間を過ごしていきたい。

林 由里絵

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