ムラに学ぶ、ヒトに学ぶ、自分らしいライフスタイルを実現する。
にいがたライフスタイルカフェ2017 レポート VOL.1 ローカルビジネス〜 自分のやりたいことを仕事にする 〜

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自分の暮らしに新しい流れを作りたいときに、今⼀歩踏み出せない理由の⼀つが「仕事」。地方への移住となると尚更、「仕事」への不安が浮かぶ方も多いのではないでしょうか。

そんな中、地域の困りごとと自分の興味関心を結び付けて「仕事」を生み出している人たちもいます。

地方に移り住み、「自分のやりたいこと」を仕事にする為の実践や支援をしていらっしゃる3名にお話を伺いました。

 


 

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矢島:皆さん、こんばんは。矢島護と言います。今日はよろしくお願いします。私は1984年に東京都の中野区で生まれて、大学卒業するまで東京にいました。母の実家が新潟県の柏崎の山間、小清水という集落です。柏崎には海水浴場がたくさんあるので、小さい頃、夏は毎年遊びに行っていました。

 

大学4年の卒論調査で小清水に行った時に、過疎・高齢化が進んでいるのを目の当たりにしました。このままだと集落がなくなってしまうなと感じ、自分に何か出来ないかと思って、大学卒業後すぐ、柏崎に移住しました。今から11年前です。今は嫁さんと娘と3人で小清水集落に住んでいます。

 

小清水集落は柏崎市街地から車で30分くらい山に入った所にあります。国道から入ると、約2キロ、山と山の間を細い道が続いていて、その道沿いに家々が点々とある集落です。毎年2m近く雪が降ります。

私の家は集落の1番奥なので、そこから先は山しかありません。私が移り住んだ時は集落45戸くらい家があったんですけど、今は29戸まで減っています。過疎・高齢化が非常に進んでいるという状況です。

 

今は、去年の9月に開いたカフェと、田んぼの仕事をしています。冬は日本酒の酒蔵に行って酒造りをしています。あと私、神主もやっています。神道で神様に奉職している身です。

 

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佐藤:Next commons Lab南三陸の佐藤和幸と申します。今年の3月から南三陸に移住しました。南三陸は、まだ全然復興が進んでいない感じですね。ちょうど昨日スーパーがオープンして、やっと物が買えるようになったくらいです。ちなみに私は今仮設住宅に住んでいるんですが、かなり過酷です。ここで6年間過ごしてきた人達は凄いなと思っています。近所のセブンイレブンも7時くらいに閉まっちゃうので、結構大変です。いくら環境がいい所だと言っても、南三陸町の人口はもう3割以上減っているので、何とか生業を作っていかないと、このままなくなってしまいます。

 

Next Commons Lab南三陸は、「人類が地球で生き続けるための世界を作る」という大それたテーマを掲げているのですが、南三陸の自治体も持続可能性をテーマに掲げて活動をしております。

今8つのプロジェクトを同時並行で立ち上げ、それぞれのプロジェクトをやってくれるような起業家を集めています。

 

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水戸部:NPO法人あいさを運営しています、水戸部です。自分は長野県長野市の出身で、今30歳です。高校までは長野にいて、大学進学で柏崎に来て、今も住んでいます。

 

大学3年の時に中越沖地震という大きな地震があり、人生もいろいろ揺れました。1番被害が大きかった商店街は、商店街の約半数が全壊判定。商店街の復興のプロジェクトに関わり始め、アパートとバイト先と大学の3点だけでの生活だったのが、やっと地域と接する機会が出来て、そこで自分の認知欲求が満たされていくのを感じました。地域の人達とコミュニケーションを取ったり一緒に飲んだりするのが凄く楽しかったので、今の仕事をしたいなと思うようになりました。

そして、その人のやりがいに繋がったり、やりたい事が形になったりするようなことをサポートする復興支援の団体をつくり、のちに、NPO法人あいさを立ち上げ直した形です。

 

うちは、「自分達の町は自分達の手で良くする活動」という風にまちづくりを定義していて、そういうことをしている人を一生懸命応援しますという会社です。何かやりたい人の計画を作ることや、ワークショップの企画・運営、資金調達のサポート、デザインなどをしています。僕以外のスタッフはみんな20代。年間700件の相談を受けている会社です。

 

まずは個人の自己満足を作っていくのが大事だと思います。なので、うちは、限りなく趣味に近い事も一生懸命応援します。どんどん支援することで個人のハッピーが増えていき、その次のステップで、自分が満たされているものを地域にどう還元するかという段階になってくるんだろうなと思います。そういう風に個人から始まって地域がどんどん良くなっていくと、みんなと楽しめる町になってくんだろうなという成長のプロセスをイメージしながら支援をしています。

 

 

困っていることをビジネスに変える。中の人、外の人を巻き込む。


日野:いろいろなビジネスがある中で、矢島さんはなぜカフェを選んだのですか?

 

矢島:何点かあるんですけども、第1に集落にあったラーメン屋さんや地蔵堂がなくなり、誰かと食事をしたり、念仏を唱えた後にお茶を飲んだりする場所や機会がなくなってしまったことです。集まる場がなくなって「寂しいな」という声もありました。第2に、まずは他の人に知ってもらわないと集落として生き残っていけないので、集落の情報発信やそれを見た人が滞在するための拠点を作りたかったんです。昔、国道が出来るまでは、うちの集落がメインストリートでした。その時に茶屋があって、そこがすごく栄えていたそうです。それを今1度、現代の形で再現するとカフェかなと思い、カフェにしました。

 

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日野:なるほど。佐藤さんのところは、8つのプロジェクトをどういう理由で選定しているんですか?

 

佐藤:基本的にプロジェクトは、町のリソースを最大限に活かすというテーマがあります。南三陸町って海のイメージがあるんですけど、実は森林の面積が77%くらいあって、10何代続いた林業家もいるような町なんです。ただ、100年育てた杉が1本3000円くらいなんです。それに愕然としたというのもあり、これをどうにかしないといけないなと。

あとはやっぱり農業が衰退しているような気がします。南三陸は昔から決して農業が盛んな土地ではなかったんです。人口1万2千くらいのうち、農業をやっている人は多分500人いるかいないかです。結構みんな儲からないなりに色々と先進的な取り組みを始めたりして、そういうところが引っかかって企業さんが協力してくださって新しい農業のスタイルを作ろうという動きがあります。言葉は悪いかもしれないですけど、昔からあるものをどうやって今風に見せて立て直していくかをテーマにやっています。

 

地域の人達にとって当たり前になっていて気付かない魅力に対して、外部から来た私のような者が「これって凄く魅力があるんだけど、なんで衰退しちゃっているんだろうね」という問いを投げかけると、『何でだろうね』と一緒に考えてくれます。そこでもう1段階新しい人をまた外から呼んできて、そこの事業を共同経営するなり独立してやっていくなりして、雇用を生んで行くというのも1つのテーマです。

 

日野:水戸部さんも柏崎市でいろんな方の相談に乗り、ビジネスのサポートをやっていると思うんですけど、「こんなものがビジネスになる」という例はありますか。

 

水戸部:結構単純です。問題だと言われている事や、足りないと思われている事を先にやったらそれが仕事になるのが地方です。今困っていることに対するアンサーをビジネスにすると金になるっていうだけなんですが、何かやりたいって人が柏崎市内で相談に行くところがなかったんです。

市役所に行っても商工会議所に行っても、え?っていう感じで対応してもらえないという現状に、「うちは何でもお聞きしますよ」っていうサービスを始めたのでいっぱい人が来た。それは先にやったからです。そういう事はいくらでも仕事になるし、人口が8万くらいのエリアで何か新しい事を始めたら、一瞬で広まるので、すぐに名前は認知されるし、それである程度上手くやれば仕事にはなるかなと思っています。

 

 

成功する人、失敗する人。「想い」に向き合い、育むこと。


日野:今度は人について聞きたいなと思います。矢島さんは、1番苦労したことはなんですか。

 

矢島:苦労したこととやりがいは、紙一重です。私は、仕事も何もない所に行ってこそ、自分の存在意義があるなと思い、柏崎に来ました。苦労することは承知の上でした。

でも、私が柏崎に移住した当時は、今みたいに「地方創生」とか「移住」とか「田舎暮らし」というような時代ではなく、手本もないし、誰に相談していいかも分からないし、もちろん力もなかったです。だから凄く悶々とした時期もありましたね。小清水集落を100年後まで残したいって言って移住したはいいけど、何をしていいか分かんない。

 

移住して3ヶ月後の、生活もままならない時期に中越沖地震で被災して、めちゃくちゃ雪も降って、どうしようかなって思った時期がありました。その時にバイト先の先輩に「あなたのやろうとしてる事は、これからの日本にとっても凄く大切な事なんだから、あなたはそれで将来生活も出来るようになるはずだからしっかりなさい」と言われて、ちゃんとやろうと思いました。

 

そのあと、農業の法人にサラリーマンとして入ったんですよ。農業をなぜやろうって思ったかって言うと、山間の集落なので、田んぼがたくさんあって、それが全部草ぼうぼうになったら嫌だなっていう単純な思いからです。なので、農業自体が好きで始めたわけじゃないんですよ。今でも自分には農業は向いてないなあと思います。ただ、集落を存続させるためには絶対必要な事だと思っているので、苦労しながらもやっています。

 

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日野:佐藤さんにお聞きしたいんですが、成功する人と失敗する人の差は何だと思いますか。

 

佐藤:昨日、南三陸に移住してきてお蕎麦屋さんを10年くらいやっている大先輩と、成功する人と失敗する人の差は、やっぱり想いだよねっていう話をしていました。

成功した人失敗した人の差って多分なくて、「自分はどういう事をしたいんだろう」「どういう事に幸せを感じるんだろう」と常に考えている人が成功する人だと思います。

 

日野:なるほど。水戸部さんはどうですか?

 

水戸部:似ています。想いっていうのは1番重要で、自分の思い描いている生き方に最初に到達出来る人間なんていないから、日々間違いを犯して、トライアンドエラーをひたすら繰り返して、やがておじいちゃんになって死んでいくっていう感じだと思うんですよ。

だからそれを続けている人が一応成功しているとされている人で、それが成り立つ前に諦めちゃった人が失敗したと言われる人なんですよね。それくらいの違いでしかないかなと思いますが、一方で、地方の山間部や人間関係が濃い地域に行くと、かなりコミュニケーション能力は要求されていると思います。

 

 

「好きな場所」で「自分のやりたいこと」をする


日野:これから地方でビジネスをやりたい皆さんに向けて一言ずつお願いします。

 

矢島:私はひたすら自分のやりたい事に正直に向き合ってやっているつもりです。「自分が何をやりたいのか」としっかり向き合った上で、それが就職だったら就職活動をしてもいいし、東京で働くって言うんだったらそれでいいと思います。「移住」に拘らなくてもいいのかなと思います。

2拠点居住やリモートワークなど、今はいろいろありますよね。自分のやりたい事の出来る世の中になってきていると思うので、地方創生や移住のブームが去ったあとに生き残っていられるように、これからも意思を持って頑張っていきたいと思います。

 

佐藤:いろいろな所をフラフラしていて思ったんですけども、「俺これやりたいな」「これ好きだな」って言っていると、自分のやりたいことに近い話がだんだん集まってくる。Next Commons Labで募集しているプロジェクトも、全部自分のやりたい事です。自分のやりたい事を追求して「事業」を作ることの良さは、雇用が生み出せて、社会に与えるインパクトが強いことかなと思います。

自分の住みたい所に住めばいいし、自分のしたい仕事をすればいいかなと思ってるので、そんなに片意地張らずに好きな事をやってもらえればいいのかなと思っています。

何とか周りを幸せに出来るような仕事を作りたいと思っています。皆さんもご自分の幸せを追求しつ他の皆さんにも幸せを提供出来るような仕事を作っていただければと思います。

 

水戸部:矢島さんも言ったように、移住定住と言うと凄い事やってそうに聞こえますが、ただの引っ越しです。好きな所に住んで好きなように生きたらいいと思います。佐藤さんや僕などの、支援する側の人は、自分が満足してないと支援は出来ないので、常に自分のやりたい事とやっている事を本能的に調整してるはずなんです。

自分が満足している上澄みをちょこっと皆さんに差し上げるみたいな事をやってると思うんです。そういう支援側の仕事も地方に作る事は出来るし、プレイヤーとしてどんどん開拓していく事も田舎の方が立ち上げは楽だと思います。あとは真面目にコツコツちょっとずつ稼げば食べて行けるし、楽しいんじゃないかなと思います。

ここの3人は別にみんなに田舎に行ってほしいわけではありません。

ただ幸せだなと思うところで幸せだなと思う仕事をしてほしいなと思っています

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日野正基
日野正基
イナカレッジ事務局
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