ムラに学ぶ、ヒトに学ぶ、自分らしいライフスタイルを実現する。
にいがたライフスタイルカフェ2016 レポート VOL.6 新しい働き方 〜 やってみたい暮らしから仕事が生まれる 〜

 

地方移住や田舎暮らしに関心はあるけれど、仕事のことを考えると踏み切れない。そんな壁を越えて、地方で自分たちの理想の暮らしを叶えつつ、仕事をつくっている人たちがいます。新潟県十日町、福島県西会津、東京で暮らす3名のゲストから、仕事や働き方におけるこれからの選択肢について一緒に考えていきました。

 


ゲスト:西村 治久(にしむら はるひさ)ギルドハウス十日町
    マツモト メグミ(マツモト メグミ) Legolis design and planning
    矢部 佳宏(やべ よしひろ)西会津国際芸術村
モデレーター:日野 正基 (ひの まさき) にいがたイナカレッジ

 

 

 

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西村:皆さん、こんばんは。新潟県の十日町市からやってまいりました、西村です。今は「ギルドハウス十日町」という家をやっております。ギルドマスターという肩書をやりつつ、44歳でセミリタイアしまして、個人的には隠居して仕事はしていません。

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隠居と聞くと、世間と隔絶されて寂しく暮らすイメージかもしれませんが、自分の場合は家を「ギルドハウス十日町」として、24時間365日いつでも誰でも来ていいですよと開放して情報発信しています。なので、隠居しつつも1年10カ月で5,000人以上が茶の間に来ました。皆さんがすごく自分を支えてくださってます。自分を一家のおじいちゃんみたいな立ち位置に置いて、隠居したら自分の時間いっぱい作れるようになったんで、その時間を自分が楽しいと思うことに使っています。そこから生まれた「まちかどギルド」というアプリを今年の夏、全国展開する予定です。

 

矢部:新潟県のすぐ隣の福島県西会津町から来ました、矢部と申します。芸術による地域活性化を目指した、木造の廃校を活用した「西会津国際芸術村」を運営しています。もともとランドスケープ・アーキテクトという都市計画や設計をやっていました。西会津って福島のはじっこで、わりと新潟の風土に近いです。森林率が大体8割5分ぐらいかな。山奥の方に校舎があります。

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何よりも圧倒的に人材が不足してる地域なんですね。クリエイティブな人材が地域を変えていきますということで、外から来た人が地域に入っていくサポートをしています。クリエイティブと聞くと萎縮しちゃったりするんですけど、「何かやりたいって言ったらみんなクリエイティブだよね」ということを言っていたら、料理人や科学者といった全然アートと関係ない人が来るようになってきています。

他には、PRから移住の相談もやってます。そこからさらに仕事づくりに移行していて、アーティスト・イン・レジデンス、移住定住の相談センター、地域活性化のコンサル、ギャラリー、カフェの運営も。いろんな人がここに来て芸術村が地域の土になって、そこで生まれたおもしろいアイディアやプロジェクトが少しずつ事業化されて仕事になっていくことを目指してます。

 

マツモト:はじめまして。マツモトメグミといいます。デザイナーをやっています。私自身は東京に住んでいまして、出身は兵庫県です。Legolisという名前で、個人事業主、フリーランスとしていろんなクリエイティブに参加してます。商品開発のデザインだったり、パッケージ、コピーライトもつくったりしています。

実はデザイン学校も卒業してませんし、美大にも行っていません。かつては美容師だったんですが手荒れがひどくて辞めて、その後始めたネイリストはキャンパスが小さすぎて辞めてしまいまして。

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そのときにたまたま声を掛けてもらえて、とある国会議員の秘書になりました。事務経験がなかったのでパソコンの電源の入れ方から教えてもらいながらでしたが、高校時代から動画編集をやっていたので、その経験を活かして広報PRを担当しまして。東日本大震災の際には民間の人として広報アドバイザーとして現場に何度も行って、主に災害ボランティアのコーディネートをやったり。その時にリーフレットやポスターを作ったりする必要が出てきて、そこからデザインにチャレンジしていくようになりました。5年前にフリーランスになって今はデザインの仕事をしたり、写真撮影したり、デザインセミナーをやったりしてます。モデレーターの日野さんと一緒に「移住女子」のサービスや、京都にあるimpact HUBで起業家育成プログラム、ユニークな働き方を導入している企業の人材マッチングを行う「PARAFT」をやってます。

 

 

仕事がないなら、仕組みがないなら自分でつくる!


 

日野:西村さんはなぜ隠居しようと思ったんですか?

 

西村:もともと埼玉県出身で、10年くらいIT企業で東京勤めしてたんですね。その時、たまたま好きになっちゃった女の子が新潟県の人で、追いかけていったっていうのが地方に目が向いたきっかけで。新潟市でIT企業に転職して7年仕事をしたときに、(震災が起きた)2011年を迎えて。その年に40歳になったんです。ちょっと自分を見直そうかなと思って独立して、全国を旅して回ることにしまして。全国どこにいてもWi-Fiと電源さえあればiPadだけで仕事ができるので、勝手にウェブプランナーって名乗って。そしたらシェアハウスをやっている人にたくさん出会って、そのお家に転がり込んだり。3年以上旅したんだけど、途中で自分の場を持ちたくなったんです。何十件も空き家を見ていく中で、たまたま辿り着いた空き家が十日町でした。自分なりに旅の集大成をつぎ込んでつくった「ギルドハウス十日町」ができて。もう働かなくても生きていける状態をつくりあげた。そして、隠居したという経緯です。わかっていただけましたか?みんなポカーンとしてますね(笑)。一度、ぜひギルドに来てください。

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日野:矢部さんが地域に入ったきっかけは何でしたか?

 

矢部:僕はデザインの大学を出て、公園や都市計画といったランドスケープデザインの仕事を東京でしてたんですが、働いてたところの師匠に「1回海外行け」と言われて。カナダに行って留学しながら仕事をしつつ、デザインの方向でキャリアを積みたかったら次はアメリカか、ヨーロッパに行きたいなと思っていたところに震災が起こって。そもそも、大学時代にランドスケープをやろうと思ったきっかけが、今住んでいる集落の研究だったんです。でも、震災があって、何年も研究していた集落がなくなっちゃうんじゃなかと。住んでる家が先祖代々の家で、350年ぐらい続いてるんですよね。僕がいないと20代目がいないということと、子供ができたのもあって西会津に来ました。戻ってからは地域の経済というか、どういう風にお金が回ってるか見てみようと思って、地元でデザインの職種で募集しているベンチャー起業を見つけたのでそこに入って。フリーランスでやってみようと思ったときにちょうど町から「施設を運営しませんか?」と言われて、成り行きで現在に至るという感じですね。

 

 

日野:ところで、皆さんはどんな風にお金を得ているんですか? 西村さんの場合は、隠居しているので余計に想像しにくいですなあと。

 

西村:働いてないけど、おじいちゃんって生きていくことができてますよね。娘、息子たちが働いて実家にお金を入れるという構図です。ざっくり言うと、その立ち位置を自分でつくったということです。ギルドハウス十日町で今13人住んでるんですけど、彼らが自分たちの無理のない範囲で家計にお金を入れてくれています。宿の免許も取っていないので、家賃ではなく生活費。みんな金額がバラバラ、タダで住んでる人もいます。旅人とかふらっと来るんですけど、「お金いりませんから」と言っていて、それで成り立つんです。

これって、実際は昔からあった暮らし方なんですよね。それに旅をする間に出会ったんです。自分のためにだけでなく、皆のためにもなっている構図ができている。地域のためにもなっているようで、すごくありがたいなと思っています。

 

矢部:僕は半分会社員ですね。施設を運営する給料が出ています。副業ができないなら働けませんと伝えていたので、全部プロジェクトベースです。町から出てきてる県の事業で「移住のお仕事してください」プランとか「プロモーションデザインしてください」プランとか。個人的にはグラフィックデザイン設計もやっています。

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マツモト:フリーランスなので、今月収入0円だけど来月は100万円だということが容易にありますね。精神安定上あまり良くないので、業務委託である程度ベーシックインカムのようなものをできるだけコンスタントに入れられるようにしています。

とあるプロジェクトに参加していると、そこでまたネットワークができていくんです。今日も一期一会だと思うんですけど、携わっているプロジェクトの紹介をすると、誰かが興味を持ってくださってまたそれが次の仕事につながったりしています。

 

 

 

ぼんやりできる時間が背中を押してくれる。小さな一歩から始めてみよう。


 

日野:3人とも、サラリーマンだったり正社員で働いてる時代があったかと思います。そこから今の働き方に変えてみてよかったところ、悪いところがあれば教えてください。

 

矢部:ほぼ自分の考えたプロジェクトをやってるんで、すべて自分次第になります。そういう生き方をしたかったんですね。特に震災後に突きつけられた「生きる力って何か」というのは自分の中ではテーマにしていて。西会津に行ったのは、水はタダで川から引けるし、畑も田んぼもあるから最悪それで生きられるなと。そういう意味ではすごく昔の百姓みたいになれているのが気持ちがいいですね。仕事が多くて忙しいですけど、あまり不安はないです。IMG_2816

 

マツモト:良かったことは、休みたいときに休むことが自分で調整できること。わたし宇宙がめちゃくちゃ好きなんです。なので平日に上げられる種子島のロケットも見に行くことができるんです。もう1つは自分の価値を自分で決められること。会社に属していると評価を気にしてポイント上げなきゃいけないイメージなんですが、フリーランスだと自分で仕事を取ってきて自分の値段を自分で決めます。これは表裏一体で、自己責任が伴うデメリットもありますが、

 

西村:ぼんやりできる時間が増えたのが一番良かったです。隠居だからねぇ。そのなかでいろいろなアイディアが生まれましたし。茶の間で起きてることをつぶやけばそれが仕事だし。

うちにも「新しい働き方」を探している人が来るけれど、余裕がないか頭でっかちになっているかですね。フリスクのCMじゃないけど、ぼんやりできる時間は重要なのかなと思いますね。

あとは、悪いことではないんだけども、変な責任が増えっちゃったことはあるかな。うちの住人たち、一旦うちを卒業してもしょっちゅう帰ってくるんですよ。茶の間で「彼氏ができた」「なにぃ!?紹介しなさい」みたいなやりとりをしたり。見守ってあげなきゃいけないな、背中押してあげたいなみたいな家になってるところが楽しいし、隠居してるんだけどちょっと責任感が出てきたなと感じています。

 

 

日野:会場からの質問も1つ。「これができるとまだ言い切れない、模索中の人たちがみなさんのような動き方を実践できるようになるにはどうしたらいいでしょうか?」

 

矢部:何かスキルがあったりする人が地域で事業を始めると、一般職や事務職といった普通の仕事をする人が全然地元にいないという状況が起こってくるので、そこにチャンスというか機会があるかなと。とりあえずどんな仕事でもいいからするんだ、そこで生きるんだ、っていうアンテナ張っていれば誰でも大丈夫だと思います。草刈、除雪、祭りの警備員、交通整理、なんでもあるんですよ。

ただ頼る人がいないと情報を掴むのにすごい時間がかかっちゃうので、先に移住した人や、移住を斡旋したり地域のキーマンとつなげるような人のところに行くと特に専門的なスキルがなくても地域に入っていけるんじゃないかと思います。

 

西村:うちにもフワッとした人いっぱい来るんです。で、何もせず1〜2か月いた人もいました。自分は何も持ってないと思ってるからなんでしょうけど、でもいつの日か重い腰を上げて、自分ができることから動き出すんですよ。

周りにいる人たちに刺激を受けて危機感が出てきたからでしょうけど、それに至るまでぼんやりする時間を持てたから行動できる。つまり、うちに来なさいということです。いつでも大歓迎です。ぼんやりする時間を持つようにしてみてください。

 

マツモト:ぼんやりすることって暇な状態になるですよね。そうすることで、本当はこういうことが好きなんじゃないかって気づ毛たりする。やりたいことや勝負できることって大体決まってないんじゃないかな。わたしも決まってなかったし、何やったらいいかわからない中で、とりあえず1歩前に踏み出てみたら何か見つかったという感じでした。ITやデザインのように何かに特化していることが絶対条件ではないと思いますね。

 

西村:今、やってみたい生き方が叶いやすくなっていると思います。地方での暮らしがいいなと思う人はそうすればいいし、仕事はマツメグさんみたいな動き方で東京の仕事を取ってくるとか、矢部さんみたいに役場からお金を引っ張ってくることもできる。都市と地方そして田舎とのバランスをどうとるか、どこで自分らしくいられるか、どこを自分の拠点にするかということは自分で探さなきゃいけないけど、どこでも仕事ができるやり方はきっとあるかなと思います。

日野正基
日野正基
イナカレッジ事務局
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