ムラに学ぶ、ヒトに学ぶ、自分らしいライフスタイルを実現する。
にいがたライフスタイルカフェ2016 レポート VOL.5 食を仕事にする暮らし 〜 その土地を愛して、感謝して 〜

 

東日本大震災を経て、「食べるもの」に対する関心が一気に高まりました。中でも「自分自信で食べるものをつくる」ことを選んだ今回のゲストは、「どんな暮らしがしたいか」という問いから居を構える土地を選び、食を仕事にする暮らしを選んでいます。

暮らすこと、食べること、働くこと。これらの距離がとても近い生活とはどんなもの? ゲストお二人の具体的な実践について、お話を伺いました。

 


ゲスト:刈屋 高志(かりや たかし) 刈屋さんちの安心野菜
    前田聡子(まえださとこ)くらして
モデレーター:日野 正基 (ひの まさき) にいがたイナカレッジ

日野:刈谷さんは新潟県長岡市の栃尾、前田さんは長野県の小谷村で暮らしていますが、そこで生きていこうと思ったきっかけや理由は何でしたか?

 

刈屋:母方の祖父母が住んでいることが大きいですね。16代くらい続くうちの一族が江戸時代から暮らしていたんです。なので、ずっとこれからもその土地で暮らしというものが続いていくんだろうなとぼんやりと感じていたところに、大学時代に海外のエコビレッジを訪ねて自足可能な暮らしについて勉強し始めて。日本の中山間地域ってむしろこれからは世界で最先端になっていくぞと思った時に、幼少期の思い出がある栃尾を選びたいと思ったことがきっかけですね。

 

前田:札幌で生まれ育って何不自由なく大学まで行ったところに、就職をきっかけに携帯は繋がらない・映画館も服を買うところもないような土地に行くことになりまして。どうやって暮らしていけばいいんだろうって最初はすごい不安だったんですね。でも、たまたま集落の人たちのお手伝いをするようになって、籾を土にまいて芽出しをするのを見てお米が種なんだっていうことをその時初めて知って。自分は大学までいろいろ勉強してきたつもりだけど、人間にとって1番大事なことを勉強してない、このままでいいのかと思った時に、当たり前におじちゃんおばちゃん達がしている暮らしにすごく魅力を感じるようになったんです。そこから写真を始めて、いろいろ撮り始めて。すごく大事なことがそこにあるような気がしたっていう感じですね。

 

日野:お二人は生産の現場を運営されてますが、いきなり農家を始めるというのも難しいんじゃないかなと。最初は誰に教えてもらった、ということがあれば教えてもらえますか?

 

刈屋:弟が2年ぐらい農家に弟子入りしてきて、ある程度の技術は身に付けてたので、最初弟に教えてもらって一緒に始めました。あとは祖母から教えてもらったり、地元のすぐ隣にいらっしゃる畑の名人の種をまくタイミングを参考にさせてもらったり。ただ自分たちがやってる農法が地元の人が誰もやってないようなやり方だったんで、ほとんど独学の部分が大きいですね。

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前田:私は、お米・野菜・栃餅をやってるんですが、向かいのおばちゃんがやってる畑の一画を借りているので、おばちゃんが種をまくタイミングを私も参考にしてますね。逆に私が何もできていないと勝手に間引いてくれてたり。毎年聞きながらやってしまっているので、そろそろメモしていかねばと思っているところです。栃餅は、最初は1年かけておばちゃん達と栃の実を拾いにいくところから一緒にやって、まだ教えてもらいながらですけど翌年から自分たちメインで進めています。

 

 

応援してくれる人たちがいるから、作ったものを届けられる。


 

 

日野:お二人とも加工までされていますよね。それがちゃんと商品として売れる・収入になるまで、どれくらいかかりました?

 

刈屋:いきなり痛い質問ですね(笑)。 食えるっていう定義をどう設定するかによりますね。最低限暮らしに困らないという意味なら大丈夫だけど、子供をちゃんと学校に上げれるかどうかと考えるとまだまだこれからですね。最低食べれるまで4〜5年ぐらいはかかりました。ただ、もうちょっと農法にこだわらずやっていれば、そんなに時間はかからないと思います。僕の場合は、理想から考えるとできていることはまだ5%くらいなので、自分の中で納得がいくまでは10年くらいかかるかなと思ってやってます。

 

日野:ちなみに…… 毎月の食費はどれくらいでしょうか。

 

前田:家族三人で大体3,000円かな。買うのは牛乳、豆腐、納豆、ヨーグルトくらいです。

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刈屋:時期によっても違いますよね。今の時期だと保存している野菜は、じゃがいも、里芋、さつまいも、大根、カブ、白菜ぐらい。あと卵とか。

多いときは3000円よりももっといきますが、食費でいくと調味料をちょっと買うぐらいかな。

 

日野:なるほど……。1番何にお金を使っているんですか?

 

前田:ガソリンですね。沢の水を使っているので、水道代はゼロです。

 

刈屋:自分の場合は書籍代です。本が好きで年間50冊くらい買ってます。

 

日野:お金の使い方がガラッと変わりますね。ちなみに、農家さんって作るのに一生懸命でわりと売る先がないとか、売り方がわからないことが結構あったりしませんか。お二人は販路開拓はどうされてますか?

 

刈谷:知り合いから紹介してもらっています。自分もいまだに売り方わからないので、教えてもらいたいぐらいで。最初、兄弟でいきなり移住して農業を始めたので、親族も友人知人もみんなすごい心配してくれて。レストランとかいろいろ紹介してくれたんですね。なので、生産量のこともあるんですけど、いまだに自分から営業に行ったことは1回もなくて。新宿の伊勢丹にある在来野菜コーナーも、間に入ってるバイヤーさんを自分の知り合いの方から紹介してもらったんです。「新潟で在来野菜作ってる人いないの?」「刈谷兄弟って変な奴らがいるから」って、全部人の繋がりで売ってもらっています。

 

前田:栃餅は、年末にインターネットで販売しています。あとは「大網便」として、お米や野菜、お餅と炭をセットにしたものを9月くらいに販売しています。買ってくれる人はほぼ知り合いですね。自分たちとしては、生産工程を効率化してどんどん数を売っていくということではなくて、「栃餅を作っている暮らし」を届けられたらと思ってやっています。1回「つちのいえ」に来て、私たちがこんな暮らしをしていて、どんなふうに集落を残していきたいのかを充分にわかってくれた人たちが、東京から購入してくれることで支えてくれているイメージです。1回来てくれたらもう家族みたいな感じになるんですね。1年目の宿泊者は大体300人ぐらいで、2年目以降はちょっとずつ自分たちが作れるものを知ってくれた人に、価値を持って帰ってもらえればいいかなっていう風にやってます。

 

 

土地が私たちを生かしてくれている。感謝しながら、食べ物と向き合う。


 

日野:お二人とも、東京や大阪で働いてたご経験がありますよね。地方に来て、自分で食べ物をつくる仕事をしていく中で大きく変わったと感じることはありますか?

 

刈屋:今までは栄養摂取でしたね。たとえばスーパーで買い物をしてると、品質表示を見たり産地を見たりしても結局誰が作ったかわかんなくて、なんとなく料理して食べてました。今は基本的に自分が作ったものか、あるいは近所の人からおすお裾分けしてもらったもの。顔が見えるものが大体8割~9割の食生活で、そういう意味では食事をするのが楽しみになってますね。

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野菜を作ってると、どうしても同じ時期に同じ物がまとまってドーンと獲れたりします。例えばズッキーニだけ何週間も食べるような展開になるんです。そうするとズッキーニを起点に料理を考えて、10品ズッキーニだけで作ったり。枝豆とかもスーパーで買うとめちゃめちゃ高いじゃないですか。だけど、ザルで山盛りで毎日食べられる。スーパーで買っていたら毎日1万円分ぐらい食べてるんじゃないかというくらい。躊躇なく料理できて自分も料理するのが楽しくなりました。

 

前田- こないだ出産で里帰りして、3か月ぐらい札幌に住んでたんですけど、大網の暮らしが当たり前になりすぎて毎日スーパーに買い物に行くというのが不自然な感じがしました。「冷蔵庫にこんなに食材あるのにまた買い物行くの?」「すぐ買いに行けるのにこれも冷凍するの?お母さん」みたいな。

大網ではキッチンから畑がすぐ前に見えるんですね。畑で獲って、すぐキッチンでその野菜を炒めたり味付けたりして自分に入る。畑に種をまいて野菜ができて、キッチンに来て私の体に入って、今は子供にいってという循環の輪がすごくわかりやすいですよね。だから畑には化学肥料を撒きたくないと自然に思うようになりました。この土が自分を生かしてくれてるんだな、だから土地のために何かしたい、この場所のために何かしたい。そういう感謝する、祈ることは、昔の人にとって当たり前だったのだろうなと最近感じるようになりました。

 

日野:改めて、「食」について地域で何かやっていくとしたら、まず気をつけなきゃいけないことはありましたか?

 

前田:私は無農薬をやりたいんですけど、集落のおばちゃんたちは長いこと草や虫と闘って、それに対応する薬ができて助かった世代なんですね。なので、そこで「私たち無農薬やります」というと、早々からぶつかっちゃう感じはします。考え方の違いを埋めるのはすごく時間がかかるので、最初は他から見えない畑で始めたりするといいかもしれないです。あと移住者は土地を借りないといけないことも多いので、ちゃんと信頼関係を作って借りる必要がありますが、オーナーがその土地に住んでなかったりもするんですね。その辺りが時々難しいなと思ったりします。

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刈屋:うちはその点、祖父母がまだ健在なので、農地を借りるときに一緒に挨拶に行ってもらえたのが良かったですね。「今度孫がこっちに来て農業やりたいって言ってるから土地貸してください」と伝えてもらったら、全部貸してもらえるようになって、噂を聞きつけて家に一升瓶持って「うちの土地も頼む」みたいな人が来たりもしています。うちは始めから農薬も使わないやり方でやってるんですけど、当然「なんかあいつら変なことしてるよ」と見られてたと思いますが、そこでも祖父母がいたからそこまで影響はなかったかなと。陰では当然言われてるんですけど。6年やってると段々キャラ立ちしてきて、今は「刈谷ってそういう人間だ」「あいつは好きにさせてやる」となっています。

 

日野:ありがとうございます。会場からの質問にもお答えいただけたらと思うのですが、「地域に移住すると決めて踏み出すときのギャップについて。お金もそうですが、体力をつけておいたほうがいいといった事前に準備した方がいいものがあれば是非教えてください」。

 

刈屋:実は昔、このふるさと会支援センターで相談員をしておりまして。当時は資金300万円くらいって伝えてました。でも、実際自分が移住してみて思うのは、何をもって自分が満足するのかを一回考えてみるといいかなということですね。具体的にいくらっていうのは個人差が当然あると思います。

うちは親戚の家に住んでいるので家賃はなく、農地もほとんど無料で借りています。トラクター2台はタダで人からもらって。でもこれはタダで手に入れた代わりに労働力を対価で返しているんですが。地方ではお金以外の経済がすごい回ってる部分があって、それはきっと人間関係を築かないと入れない。なので、当面1〜2年は暮らしていける資金は最低必要かもしれません。あと全国の自治体で、移住して就農したい人の支援をいろいろされていますよね。新潟の津南だと1年間研修して手当をもらえたりします。そういうところも活用したら、もうちょっと貯金の額は減らすことができるかと。

 

とても大事なのは、移住した後にどういう暮らしをしたいか、今のうちにイメージを膨らませることです。気になる地域になるべく何度も通ってみて、まずはお試しで住める場所があったらそこに行ったり、しばらく通ったりを続けるといいですね。ちょっとずつ段階を踏んで、ステップアップしていけるといいんじゃないかな。

 

前田:WEBサイトやFacebookを通して、普段の日常の私たちの良さを見てもらって、よかったら足を運んでもらえたら嬉しいですね。田植えや稲刈りのシーズンは全国から人が来て合宿みたいに皆でワイワイやってますし、刈谷さんの地域と同じく小谷村にもお祭りがあるので、その時期に合わせて来てもらってもいいと思います。

 

 

 

日野正基
日野正基
イナカレッジ事務局
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