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にいがたライフスタイルカフェ2016 レポート VOL.3移住だけじゃない地方との関わり方 〜 東京にいながら、好きな地域と、育んでいく 〜

「地方で暮らしたい」「地域の情報を知りたい」。移住センターへの相談件数が昨年比の約1.7倍となる2万件を突破するなど、地方へ関心は今も高まっているといえます。そんな中、東京といった都市部に居を構えながら、好きになった地域に通い続けるという「移住をせずにその地域と関わり続ける」方々も増えているのだそう。地域側としても、とても心強いという〝移住だけじゃない〝関係性。多様な選択肢が広がっている中で、実際に様々な形で“地域と東京”の関係を育んでいる三名の方々にお話を伺いました。

 


ゲスト:鈴木 博之(すずき ひろゆき)ニイガタ移住計画
    川口 枝里子(かわぐち えりこ) 株式会社DKdo
    森山 明能(もりやま あきよし)七尾自動車学校/株式会社御祓川

 

 

鈴木:こんにちは。新潟の海から参りました、鈴木と申します。海の家「SeaPoint」をやりながら、ゲストハウス、コアーキングスペース、カフェの複合型の施設を作らせてもらっています。「株式会社ニイガタ移住計画」という、移住を応援して新潟市を盛り上げていこう、そんなことを思いながら活動している人間です。

 

僕は、「良い大学に入って良い会社に入れば幸せ」という価値観を優先して、東京で大企業に入って12年間頑張ったら躁鬱病になりまして。その時、自分なりの生き方をしたいと新潟へ戻りました。場作りをやりながら地方活性をやりたいと、海の家を自分でDIYで改装して、この6月に「co-ba niigata seapoint」を正式オープンさせてもらっています。img_1578

 

僕は、新潟に住む人と、東京に住みながら新潟に興味を持っている人たちが集まって、自分たちの手で桃源郷を作って、それを誇ることをビジョンとして持っています。新潟市は大きいので色々な人材がいるのですが、仕事だけ・昔ながらの友達だけとしか繋がっていないことも多いんです。思い入れがある場所で活躍したい、自分らしく生きたい人はもちろん、東京に住んでいる人も、あえて地域にいいことをして東京や世界に出て行く。そんなことが叶う場所にしていきたいなと考えています。

 

川口:初めまして、株式会社DKDO(ディーケードゥー)の川口と申します。北海道生まれ北海道育ちで、大学卒業後に都内のNPOに新卒で入社しまして、日本全国の地域活性の活動に携わってきました。元々東京への憧れがすごく強かったので、北海道はもういいや、くらいの気持ちで上京してきました。

その後、仕事を通じて地域って面白いしすごく可能性があるなあ、と常々感じるようになったのですが、地元の北海道に関わる機会があまりなくて。じゃあ自分で何かやればいいということで、会社を始める前、北海道人ばかり集めた飲み会を毎月、1年間続けていたんです。そして、そろそろ何かプロジェクトを起こそうかということになって、飲み会参加者の中から私を含む4人が創業メンバーとして、株式会社DKDOがスタートしました。img_1581

 

会社の1番のミッションは、「北海道の新しい関わり方を作る」だと考えています。その中で、在京道産子の若手社会人が北海道の野菜を六本木のマルシェで売ろうという「北海道デイ農業マルシェプロジェクト」をやっています。1泊2日かけて、皆で北海道の農家さんに会いに行って、農作業を手伝わせてもらった野菜などを、2ヶ月後の六本木のマルシェで売るプロジェクトです。すごく盛り上がりまして、売り上げも上位の方に食い込んで。農家さんは夏、忙しいので自分で六本木に売りに来るのは難しい。でも自分たちの思いをとても理解している東京のサポーターたちが素敵な雰囲気を作りながら野菜を作ってくれることがすごく嬉しいとおっしゃってくれて。

 

やはり地域って移住することがすべてのゴールになっているような気がするですね。私自身は両親がこちらに来てしまっているので、北海道に戻るという選択肢はたぶんなくて。でも、北海道は大好きだし、地元に何か貢献したかったというのが活動の動機です。

 

日野:ちなみにDKDOの会社の名前の由来は?

 

川口:D・K・D・Oで、「でっかいどう」です。……ありがとうございます、笑ってくれて(笑)。飲み疲れて起業してしまったような団体なので、飲み会の席で決まりました(笑)。

 

明能:石川県七尾市からやって参りました、森山と申します。「明能-アキヨシ-」と読ませて、「能登を明るくする男」という意味です。実は家業がありまして、僕は自動車学校の経営者です。ただ、親父が今も健在で、非常に自由な生活をしていまして、姉が社長をしている民間の場づくり会社で、街づくりのいろいろなプロジェクトのシニアコーディネーターもやらせていただいています。大企業が東京と地方をつなぐプロジェクトに注目していることもあってKIRINさんとの「絆プロジェクト」の、料理人と地元の生産者さんをくっつけてコミュニティ化しようという「Third Kitchen Project」、学生に向けたインターンシップのコーディネートもしています。あと僕も趣味でやはり飲み会をやってます。img_1584

 

年4回開催している「うれし!たのし!島流し!」は、要は観光ツアーです。参加者は「煙たい中で美味しいものしか食べられない刑」といってバーベキューをしたり、「自分で釣らないと朝ご飯にありつけない刑」ということで早朝に釣りに行ったりします。能登ならではの体験をこういったおちゃらけたアレンジで、「刑」という形で皆さんにお届けするんです。延べ181人が参加して、6割くらいがリピーターです。

趣味でやっている飲み会「Ishikawa drinks in Tokyo」も計24回、累計参加者数はついに900名を超えました。そして累計飲み会の代金が、400万円を超えました。なかなかいないですよ、ここまで言い切れる男ってのは(笑)。

 

つまり、東京に暮らしながら能登島が人ごとではなくなっている人が、これだけいるということですね。一緒にクラスを開催した丸の内朝大学の講師が言っていた言葉なのですが、「観光地を作るのではなくて、関係地を作ろうよ」。単なる飲み会も継続するとコミュニティになっていくので、石川県のことを心に留めるという人が少しでも増えてくれたらな、という思いでやっています。

 

 

気軽に集まることができる仕掛けで好きな地域と続く関係性を育てていく。


 

日野:3人の共通項は「飲み会」かなと思ったのですが、最初はどうやって始まったんでしょうか。

 

明能:僕は本当に思いつきですね。1つは1度会った人と継続的なお付き合いをするため。あとは、一度出ちゃうと地元について考える機会って激減しますよね。1年に1回でもいいから、地元のことを熱く語る人に会える場所が定期的にあったらきっと何か変わるのではないかな、と思ったのがもう1つの始めた理由です。

 

長野県の知人からアドバイスをもらって、幹事に負荷がなく継続できる方法を徹底することにしています。絶対に2次会の面倒を見ないとか、基本お店は変えないとか。告知もFacebookのみです。最初の参加者は確か13人。知人だったり、ついこの間意気投合した方だったりが参加してくれました。

 

鈴木:僕は海の家を買いたいとか、自分のビジョンとかをSNSでずっと言い続けてました。それを見て、面白そうだからと言って集まってくれたり、力を貸してくれたり。場があるから飲み会やろうか、と始まったり。もう今は周りが勝手にやっていて、自分は知らないイベントがどんどん立ってますね。

 

川口:私の場合は、日本財団さん主催の「出身地Day」に、北海道出身者が集まる部屋のゲストでたまたま呼ばれて。その日大雪になってしまって、交通網が麻痺する前に途中で帰ることになったんです。でも外に出たら積もっていたのが6cm。北海道人、雪国出身者にとって6cmは降雪ではないです!(笑)。なんなんだこの脆弱な首都機能は、と外に出た時にすごく盛り上がっちゃって(笑)。今度飲み会をしよう、とその場でFacebookグループ作って、日程調整をして。それを毎月続けました。毎回、口コミで人が人を呼んでくれて、コミュニティが広がって。そこに集まる人たちが本当に面白くて多彩で、会社を作ることになったのも、それを活かしたいねという話になったことも大きいです。img_1587

 

日野:集まれる場を継続すると、面白い人たちが行き来して、コミュニティになっていくということですね。そこでやりたいことや興味関心が近い人たちが知り合って、次のアクションにつながりやすいのかもしれません。

ところで、川口さんは東京にいながら北海道と関わっている立場ですが、どういう風に運営しているんですか?

 

川口:うちはちょっと特殊かもしれません。創業メンバーが社長1人と取締役が3人で、その社長が北海道の名寄市にもう移住してるんです。

 

彼女のベースは基本名寄市にあるので、北海道の自治体・企業周りの営業系、パートナーとの連携のお話は彼女がやって、東京系は東京に残っているメンバーがやる、というような役割分担を一応しています。人が欲しいとか、移住をしてほしいと思っていらっしゃる方々、自治体さんとか企業さんとかって基本、地元にしかいないですね。なので、東京に1つハブ、何かあった時になんでもやりますよという団体があるのは1つの大きな価値だなと感じています。

 

あと、最初に移住がすべてのゴールじゃないと言いましたが、(DKDOの活動を通して)実際には移住している人が10数人単位で生まれているんですね。自分自身の人生をスッキリと決めることができる、そんなお手伝いができたのだな、という実感があったので私自身もそれがすごく嬉しくて。

 

 

明能:地元の受け入れ体制は必要ですよね。僕のところも、ツアーを実施するために能登島の観光協会青年部を作って、地元に新しい組織を立ち上げました。

今後そういったチームがあることによって、地域の課題を解決するようになってくるだろうと思いますし。実は流人の中から一人移住者も、地域興し協力隊として発生もしたりしています。

 

 

「東京から通う」こと自体が大きなサポートに。ヨソモノだから力になれることがある。


 

日野:都市部や東京だからできること、東京の人材が活かせることについてはどういうふうに考えていますか?

 

明能:「通う」ことかな。地元にずっといるからやりにくいことって結構たくさんあるんですよ。島流しツアーは、春夏秋冬すべてに来ると模範囚になるのですが、それが13人もいるんですね。1番多い人で計9回来ています。それくらい能登島に思いのある人たちが東京にいてくれると、我々が何かやろうと思った時にお手伝いに来てくれるし、能登島のことをよく分かってくれている上で、能登で今やっていることへの意見といったものを言ってもらえるのがとてもありがたいんです。

 

鈴木:川口さんもおっしゃてましたが、やはり新潟県人が集まるハブを東京の方で作っていただけるとありがたいですね。やりたいことがある人と、

こういうことやりたいとかいうときに、こういうスキルあるよ、とかっていう団体があったりとかいうのはあるので、そういったところを作り続けて、仲良く飲んで、というような形の場があると、ふとした時に紹介しあえる。ハブ機能があるといいなと、現場にいる人間としては思っていますね。img_1593

 

川口:東京センスを磨き続けること、これに尽きるのではないかなと思っています。ファッションセンスとかそういういわゆるセンスみたいなところもそうですが、スピード感だったりとか、今いらっしゃる職場で得られるスキルもそうかなと。

 

例えば六本木マルシェでは、お客さんを想定して、野菜の美味しさ、生産者さんの思いをプレゼンテーションして買ってもらうことができるスキルって、やはり東京の人が何が欲しいかというのを分かっている人間でないとなかなか売れないので、地域の人からするとそれが驚きだった、という風に言われました。東京にいながら地域と何かやりたいと思った時、1番の東京側の強みは、東京のことを知っているということなのではないかなと思うので。今いるところで得られるもの、見分けることに一生懸命になるというところが、1番大事なのではないかなと思います。


次回のライフスタイルカフェは12月1日19:00〜

にいがたライフスタイルカフェページ

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日野正基
日野正基
イナカレッジ事務局
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